かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「Q.30年後に図書館から紙は消えていますか?」


4年生になってほとんど週休5日制(ただし休日は研究に専念)な日々を過ごしている俺ですが、月曜日と火曜日は院の授業をとっています。
特に月曜1・2時限の授業は、毎週資料を読んで来てそれについて意見を述べ合うというもので、聞いているだけの授業が得意ではないmin2-flyとしては割と毎回楽しく受講していたり。
今週はマイケル・バックランドの『図書館サービスの再構築―電子メディア時代へ向けての提言』を読んで来て、これについて議論*1
原著の出版は1992年(邦訳1994年)の本で、「インターネット」という言葉すら図書館界で一般化してないころに書かれた本なのに、15年後の現在までに至る予想を的確に当てている恐ろしいシロモノ。
正の予言効果も多少は考慮する必要があるんだろうが、それにしてもバックランドやべえ。


その内容を受けての議論の方も、今回は割と刺激的な方向に進んだ。
特に盛り上がったのが紙メディアの問題点について触れたバックランドの記述で、その部分を巡って出てきたのがタイトルの疑問。
話の発端は、紙メディアの問題点、具体的には

  • 現物のある図書館に行って利用しなければならない
  • 同時に複数人が同じ資料を用いることはできない
  • 場所をとる
  • 現実的な利用のためには他の図書館と重複して資料を持ちあうことになる
  • 蔵書が増えるほど現物にたどり着くまでにかかる時間が長くなる
  • 書かれてしまったものを更新することが出来ない

などを取り上げたバックランドの記述に関する部分で、とある方が「私は紙はいずれ図書館からなくなると思う」と意見を述べたこと。
その人の主張としては電子メディアにおける技術の進歩によって(電子ペーパーなど、紙メディア同様の携帯性・ブラウジング性能を持ち、かつ書き込むこともできるような機器の登場によって)、紙は使われなくなる、という感じ。
これだけだったら「うーん、まあ確かに・・・」と言って終わりそうな展開なのだが、それではつまらないと思ったのか、先生が新たに導入した指定が「30年後」という期間の区切り。
で、冒頭の「30年後に図書館から紙は消えていますか(消えていると思いますか)?」という質問にたどり着いた、という・・・
その直前までランカスターのペーパーレス社会の予測が彼の区切った期間の枠内では外れたことに触れながら「如何に期間を区切って将来に関する予測をあてるのが難しいか」をさんざん力説したあとでこういう展開に話を持って行くんだから先生もなかなか洒落っ気があるというかなんというか・・・
「いつかこうなる」っていうのと「いついつにはこうなっている」っていうのをあてるのでは難しさのランクが段違いですぜ。


もっとも、バックランド先生が図書館の方向性まで含めて未来予測をたてたのに対し、こっちは「紙がなくなっているか否か」、言い換えれば「電子媒体の資料が紙媒体の資料を完全に駆逐できるか」を考えればいいだけなんだから、まだしも楽と言えば楽な気もするが。
要は現在において、紙媒体の資料が有する電子媒体にはない特性を考えて、それらを電子媒体においても技術的に(もちろん紙と同程度のコストで)実現できるか否かを考えればいいわけだし。*2


さて、では現状において紙媒体の資料が有する電子媒体の資料にはない特性とはなんだろう。*3
ぱっと思いつくものしては、

  1. ブラウジング性能に優れる
  2. 高い耐久性
  3. 専用の再生機器の不要性
  4. 不変性
  5. コンテンツ自体の所有ができる

なんかが挙げられる。

1については「図書館断想」なんかでも取り上げられているし、ほかにも紙媒体(特に本)の電子媒体(主にディスプレイ)に対する優位性としてはよく取り上げられるところである。
ざっとめくってざっと読む(スクロールとかする必要ない)ことができるとか、長時間読んでてもそこまで目が疲れないとか、同時に何冊も開いて眺められるとか言うほどのブラウジング性能には、現状のPCのディスプレイやなんかでは敵わない部分が多い。
ディスプレイでものを読むのによほど慣れ親しんだ人ならまた別かも知れないけど、例えばうちの研究室にある24インチのディスプレイでもA4見開きを表示するのが限界で(そんだけできりゃ十分な感じではあるが)、電子図書や長い論文を読もうと思ったらスクロールしたりしなきゃいけないし、同時に2冊とか開いて見比べるのもなかなか難しい*4
ここら辺は電子ペーパーや高性能ディスプレイの開発に期待するところであるが・・・30年、あれば紙と同程度かそれ以上のブラウジング性能を付与させることも不可能じゃない、かなあ・・・?
あとはどれだけコストダウンできるか、か。


2については、最近になってCDやDVDの耐用年数が思ったほど長くないことは知られてきているけど、それでもまだ紙の真のヤバさに気付いている人が多くないような気もする。
現在ある、普通の人でも入手しうる(そこまで値段が高くない)記録媒体で、媒体変換(マイグレーション。再生機器や技術の変化、あるいはメディアの劣化にあわせて記録メディアを変えていくこと)を行わない状態で一番長期間保存できるのは、紙と墨のコンボ。
だって奴ら1000年とか保ってたりするんだぜ? わけわかんなくね?*5
酸性紙とかの問題もあるので一概に紙なら大丈夫ってわけでもないが、少なくとも今ふつうに使っているHDDやらCDやらと比べるとやはりダンチ。
落としても壊れないしね。
燃やすとヤバいけど、それは他も一緒だし。
某先生曰く、「ドブ川の中に突っ込んでから拾い上げて、なお資料として使えるのは紙の本くらいのもの」とか。
実際に他のメディアで試したことないので今度やってみようと思うが、まあそんだけ紙の耐久性は強い。
電子メディアが紙を駆逐するのであればこいつを凌駕する耐久性を有するものを発明するか、あとは媒体変換の手間が気にならないくらいに容易に媒体変換できる技術を開発するかだが・・・うーん、現実的に考えると後者の方になりそうな気はするが、30年で紙を駆逐できるレベルになれるかは・・・正直微妙じゃないか・・・?


3もよく言われるところであるので、言わずもがなか。
紙の本は明るささえあれば、ほかになんもなくても読める。
他の電子媒体は基本、電気がある環境じゃないと読めない。
バッテリー充電するにしたって永遠にもつわけじゃないし。
しいて言えばマイクロフィルムなら電気なくても拡大鏡あれば読めるが、あれ電子メディアじゃないし。
電気を使わない電子ペーパー、あるいは永久に使用できる電池を内蔵した電子ペーパーを開発するか、あるいは本が読める程度の明るさで十分発電できるようなソーラー電池を内蔵した電子ペーパーとか作れればこの点はクリアできる気はするが・・・30年で? 一般に普及するレベルで?? ・・・・・・・・・・・・。


4は紙には更新性がない、っていうデメリットに対する裏返しで、一度印刷されてしまえば容易には書き換えられない。
これは引用の正確さが問われる学術研究とか、資料の改ざんの危険性が伴う分野とかでは、紙であれば「証拠」が残る、ということである。
まあ電子メディアでもその手の「証拠」を残す技術はすでにありそうな気もする(電子契約を結ぶ時の認証の話とかってそういうことじゃなかったっけ?)し、紙媒体だって一部分を改ざんしてあとはまるまる同じ資料を印刷してとっかえておけば改ざんできちゃうので、これはそんなに考慮する必要はないか。


5も技術というよりは制度の問題で、現状の電子ジャーナルにおけるライセンス購読モデルみたいなのだと、ユーザは出版社サーバへのアクセス権を持っているだけで、コンテンツ自体は所有してないので、極端な話、出版社がある日倒産して、どこもコンテンツ管理を引き継がなかったら、今まで読んでた電子ジャーナルが読めなくなる。
紙の雑誌なら現物=コンテンツが手元あるのでそんなことは起こり得ないのだが、まあこれが問題と言えば問題。
ただこれは技術の問題と言うよりは契約やビジネスとしての制度上の問題だし、あと国単位で電子ジャーナルのバックアップを管理する取り組みとかも色々あるので、30年以内にならなんとかなってそうな気もする。
それでも、そもそも「ネットワークにつながってないと利用できない」って問題は残るんだけどね。


と、いうわけで主として問題になるのは1〜3の点なわけだが・・・全部の技術的な問題を克服して、かつ紙を駆逐するまでに電子媒体を普及させるのは、ちと難しいような気もするなあ(苦笑)
紙媒体が非主流派になる、っていうくらいなら普通に起こり得るとは思うのだが、将来にわたる保存と、保存した資料の利用可能性の維持を真剣に考える図書館であれば、特に耐久性と専用機器の不要性のために紙を容易に手放すことはできないんじゃないかと思う。
少なくとも30年後はまだ紙の資料を持っているだろうね。利用者に使われているかどうかは別としても。
だってもし明日から突然、電気が一切使えなくなったとしても、紙の本なら読める。
今のミャンマーで行われていると言われるような、インターネットの切断が行われたとしても、紙媒体の資料なら利用できる。
この利点は、将来にわたって資料を提供していくものであるならば、忘れるわけにはいかないだろう。


・・・つくづく、メディアとしての紙は優秀すぎるんだよなあ・・・
電子化超賛成派のmin2-flyですらその部分的な優位性は認めざるを得ないくらいに。
アニメ「攻殻機動隊 S.A.C」の中で印刷媒体の資料を保存した図書館が出てくるシーンがあるんだけど、あんだけ電子化が進んだ(人間の脳すら電子的処理を施す技術があるような)世界にあってなお紙メディアが消滅はしていない、って言うのは、紙の強さを象徴しているようでもある*6
下手すると紙を完全に克服するメディアを開発する前に人間の脳がネットワーク化されてメディア自体そんなに必要じゃなくなったりして、とか割と真剣に考えるんだが、どうか。


そんなわけで、


「A.30年じゃ消えません」


で俺はFA.
これがあたるかどうか、は・・・それこそ30年後にこのエントリが残ってるかわからんし、まあ覚えてたら、って感じか(苦笑)

*1:議論、っていうか先生がひとりひとりあてて行って、意見を述べ合う感じ。さすがに受講者が10人超えると本当に「議論」な授業は展開しづらい

*2:実際にはユーザの嗜好や慣れ、業界の形態の問題なんかもあるので一概には言えないが、そこら辺の予測を立てるのは技術予測よりさらに難しいので今回はちょっと保留。

*3:あ、ちなみにここではあくまで「メディア」が紙であるか否かに着目するので、「電子ジャーナルだって印刷すりゃ紙じゃん」と言うのはなしの方向で。印刷した電子ジャーナルは紙です。この点に関してバックランドは慎重に扱っていて、電子媒体の資料の話については「それを印刷して使うことはもちろんありうるよ」って言ってる、ということもある。ペーパーレス、とは彼は言わない

*4:だからノートPCも同時に起動してることが往々にしてある

*5:実際には洞窟の壁に描かれた絵がとんでもない長期間、原型をとどめてたりもしたわけだが。紙発明以前の媒体と紙の比較は難しい・・・

*6:課長にはなんか惰性で出版しているだけだ、みたいに言われてたが