かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

400%の値上げか、88%の値下げを50%の値下げにするだけか?:カリフォルニア大電子図書館 V.S. Nature Publishing Group


Twitterでちょこっと話題になっていた件。
カリフォルニア大学の電子図書館が、Natureの雑誌価格の値上げに対しボイコットを教員に要請しているそうです。

カリフォルニア大学図書館はNature Publishing Group(NPG)の雑誌の提供について危機的状況に直面しています。NPGはNatureと傘下雑誌ライセンスの価格を2011年頭から400%値上げすると主張しています。これにより、それら67の雑誌コストは年間1100万ドル以上増額することになります。

カリフォルニア大学の教員、研究者はNPGの雑誌で出版される論文の著者の中で多くの割合を占め、その出版物の威信を形作るのに大きな役割を果たしています。過去6年で、カリフォルニア大の著者が貢献しているNPGの雑誌に掲載された論文数は約5,300にのぼり、うち638本は旗艦雑誌である Natureに掲載されています。NPG自身のデータを用いたCDLの分析によれば、カリフォルニア大が関係した論文は、Natureに掲載されたものだけでも少なくとも1,900万ドルの収益を過去6年で、NPGに対しもたらしています。言い換えれば、年間300万ドル以上の収益を、1つの雑誌だけに対してもたらしています。さらに、カリフォルニア大の教員は査読者、編集者、編集委員会の委員として数えきれない時間を提供しています。

現在、多くのカリフォルニア大の教員が、NPGの独占的な戦術に対して、大規模かつ一斉に対応することが不可欠であると考えています。2003年にElsevierとCell Pressに対してのボイコットを牽引した、UCSFの教授で副学部長であるキース・ヤマモトは、NPGに対する全学的なボイコットに協力してくれる教員を集め始めています。NPGが現在のライセンスに関する同意を維持しないのであれば、そしてカリフォルニア大の教員が図書館に対しNPGの雑誌購読を全て中止するよう求めないのであれば、以下のご協力を要請します。

  • NPGの雑誌論文のピア・レビューを断って下さい
  • NPGの雑誌に論文を投稿するのを止めて下さい
  • NPGの雑誌にカリフォルニア大の教職員の募集広告を出すのを止めて下さい
      • (訳はすべてmin2-flyによる。なので信じちゃ駄目かもだよ!)


・・・おお、こりゃ本当に強硬なボイコットの主張ですね。
査読や論文投稿の停止は今だけかもですが、編集委員会辞職するとかって(自分はなったことないのでわかりませんが)けっこう大きそう。
掲載論文数からカリフォルニア大の収益貢献を計算するのは無茶だろって気もしますが(それ掲載しなくても別の論文掲載されるだろうし)、とはいえ天下のUC全体にボイコット食らうのはかなりきつそう。


しかし一方でいきなり400%の値上げなんて無茶はいくらなんでも信じがたいものもあり・・・新たにNatureが買収した雑誌を値上げします、ってんなら聞くけどNPG全体でそんな値上げってあるかね・・・?
しかももしあるんだとしたらなんでカリフォルニア大だけ??


と、思ってたら@myrmecoleonさんが同件に関するNPG側の主張を発見、ポストしていました。



NPGが雑誌価格を大幅に値上げしようとしている、というのは全く事実ではありません。(略)価格上昇は妥当なもの(平均してざっと4年で7%)であり、一貫しています。

California Digital Library (CDL)との関係が複雑なのは、CDLに対しアメリカ国内および世界中の他の購読者に比べ非常に大規模で、持続可能ではない額の値引きが長年にわたって行われてきたためです。この値引きの原因はコンソーシアムと「複数の拠点を持つ単独の機関」購読者の定義が明確さを欠いていたことおよび、CDLの予算的制約への対応のためです。

CDLが複数の図書館によるコンソーシアムであると考えれば(そしてそれはCDLがICOLC(国際的な図書館コンソーシアムの団体)に加盟していることだけでなく、ARLのリストからもそうなのですが)、CDLに対する値引きは88%になります。CDL自身のデータによれば、CDLが出版社から引き出している値引きは平均で55%です。いくつかの試算の末、NPGは現在、これを50%にすることを提案しています(それでもなおCDLは他の多くのコンソーシアムよりも良い条件に置かれています)。

我々の見たてによれば、CDLは新たな価格体系下では論文1ダウンロードあたり0.56ドル支払うことになります。これは他のどのような出版社の発行タイトルと比べてみてもたぐいまれなValue for Moneyを示しています。現在、NPGはCDLに対し他の大規模出版社に対し、どれだけの金額を費やしているか、そしてそのダウンロードあたりの単価あるいは他の価値に関する指標がどうなっているかを示すよう要請しています。もしわれわれがそうであろうと考えているように、NPGが新たな価格体系下でも他の出版社に比べて優れたV for Mを示しているのであれば、それを契約に反映してほしいと考えています。NPGはボイコットが起こらないことを心より望んでいますが、それはボイコットが科学の推進にとって有害であるからだけではなく、我々はこれ以上CDLを他の顧客に比べ優遇したままにしたくないからでもあります。

      • (繰り返すけど訳はすべてmin2-fly。そして自分の英語力はうちの研究科の並以下。なのでちゃんと知りたい人は原典あたってね!)


ふむ。
計算を簡単にするために仮に今、カリフォルニア大が年間1000ドルの購読料をNPGに払っているとします。
これが400%に値上げされるとすると、4000ドルになります。当たり前ですが。
で、一方でこの「1000ドル」というのが実は88%もの値引きをされている金額、すなわち定価の12%の価格であるとして、これを50%に引き上げると・・・4167ドルくらい?


・・・なるほど、つまり実際はNPGが要求していることとカリフォルニア大側の主張は一緒で、今払っている金額の4倍を来年から払え、と言われているのは確かである、と。
そこだけ切り出してボイコット請求を出しているのがカリフォルニア大。
それに対してもともと不当な値引きのせいでその額で読めているんであって、適正価格に戻そうとしているだけだとしているのがNPG、ってことですか。
400%に値上げなんて無茶な話だと思ったら、そういうことだったのですねー。
@myrmecoleonさんに感謝。


ちなみにその後、@myrmecoleonさんもポストされていますが



確かに高いですが、NPG自身の主張としては「でもそんだけ使ってるじゃん、あんたら」ってことなわけですね。
その自信がプレスリリース内でもある「ダウンロード1回あたりの単価は値上げした後だって0.56ドルだ」ってあたりに如実にあらわれているようにも思ったり。
V for M持ちだされるとなー。
カリフォルニア大みたいな超研究指向の大学、それも英語圏だから学部生だって英語論文普通に読める環境での値なので日本と比べても全然意味ないとも思いますが、それにしても低いのは確か。
日本は学部生があんまり英語読まなくてよかったんだか悪かったんだか(確実に悪い)。


ともあれ、基本的には両者おなじ話をしているはずなのに、見方によってこうまで主張が変わるというのは面白いところです。


なお、今日のエントリ内の翻訳は『みんなの翻訳』の翻訳支援エディタ、「QRedit」で行いました。

「みんなの翻訳」が翻訳者のみなさんに提供する主要な機能が、翻訳支援エディタ「QRedit」です。

QReditは原文表示ウィンドウと翻訳文作成ウィンドウの2つの画面が同時に参照できる2ペインのテキストエディタで、クリックでポップアップする辞書がついています。この辞書が優秀! 三省堂「グランドコンサイス英和辞典」(36万語収録)をはじめ、複数の辞書が内蔵されていて、幅広い訳語候補から選べます。さらに、単語だけでなく熟語や連語にも対応しています。He gave those strange mushrooms a look. の give ... a look のように語間が空いていても、認識してくれます。

QRedit しかもこの辞書つきエディタ、単に訳語を示してくれるだけではなく、入力の手間も省いてくれます。使いたい訳語の上でクリックすると、その訳語が翻訳文作成ウィンドウに貼り付けられるのです。この機能をうまく使えば、翻訳作業中に誤変換でイライラさせられたりすることによる無駄な疲労がぐっと少なくなり、作業効率がアップします。


さらにこのQredit、便利なブックマークレット機能も公開されたとのこと。

QReditブックマークレットをあなたのブラウザに登録しておけば、あるサイトを読んでいて翻訳したいと思ったとき、その場ですぐにQRedit を起動して翻訳を始めることができます。

マウスでサイトの一部を選べば、その部分だけ翻訳することもできます。

一度ブラウザにQReditブックマークレットを追加しておけば、読んでいて翻訳したいと思ったときにQReditブックマークレットをクリックするだけでQReditが立ち上がります。


実際に使ってみたところ、確かにこれは訳したくない語は放っておけるし、気になった語だけいちいち辞書サイトに調べに行かなくてもぽんぽん訳せるしで便利です。
今回、この機能を紹介いただいた東大の影浦峡先生は"「翻訳」を目的とした人だけでなく、情報収集をしていて、一部を個人ブログで翻訳紹介したい人などにも、「みんなの翻訳」がさらにいっそう活用できることになる"とおっしゃっていたのですが、なるほどまさに今回みたいな使い方をしたいときにはこれは活用できるものであると思います*1 *2


ってことで興味がある方はそちらも是非お試しをー。
・・・べ、別にせっかく紹介してもらったし何か訳せるものないかな、って思ってたときにたまたまこの話題を見つけて今日のエントリを書いたわけじゃないんだからね!*3

  • 2010 6/11 11:30追記

金額がおかしくなっていた部分を修正しました。
4倍になって1万ドルしか増えないとかそんなわけあるかっていう。

*1:残念ながら今回紹介した文書はどちらも権利関係的に全訳して「みんなの翻訳」に出すことは出来ませんが・・・OA関係ならCCライセンスの文献も多いので、そのあたりを扱うときにはブログで紹介と同時に訳を「みんなの翻訳」へ、ってなこともできそうですね

*2:あ、ちなみにQReditはPDFは扱えないので、UCのletterの方はいったんテキストに保存してから使っています

*3:なお、訳の中に誤りなどが多々含まれるかと思いますが、QReditの問題ではなく純粋にmin2-flyの問題であることをあらかじめお断りしておきます