かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「日本の大企業にはGoogle、Amazon、Appleの恐ろしさを知らない無垢な人が多すぎる」/「図書館は国会図書館がやってくれないと自分ではできないと考えている?」・・・「再編される出版コンテンツ市場と図書館の役割」:三田図書館・情報学会第144回月例会


『ブックビジネス2.0』が発売されましたね!

ブックビジネス2.0 - ウェブ時代の新しい本の生態系

ブックビジネス2.0 - ウェブ時代の新しい本の生態系


自分も遅ればせながら本日、購入してきました(まだ読んでいません(汗))。
この本に限らず何かと電子書籍電子図書館が話題になることが最近多いですが、今月の三田図書館・情報学会の月例会も角川書店の新名さん、『出版流通合理化構想の検証』等の著書でも知られる湯浅先生のお二人を招いての、電子書籍関連のテーマについての会でした。

演題:再編される出版コンテンツ市場と図書館の役割

  • 概要: 

 新しい電子書籍リーダーの発売が多くの関心を集めています。また,文芸書の新刊が電子書籍で発売され,デジタル雑誌の実証実験がおこなわれるなど,日本の出版流通業界にも大きな変化が起きようとしています。このような状況で,図書館が果たすべき役割も見直しを迫られています。
 この研究会ではΣブックが発売された時代から一貫して電子書籍に関わってこられた角川書店の新名氏と,出版コンテンツの変容を絶えずフォローし,図書館に求められる役割を提言されてきた湯浅氏を講師に迎えます。そして,電子書籍ビジネスの現状と課題から,出版界と図書館界の連携の可能性まで,幅広くお話しいただく予定です。


ディスカッションでの新名さんのAmazonに関するお話が大変刺激的でしたが、それに限らず新名さんからは角川書店自身の状態も含めて数字を大いに取り入れたご発表があり、湯浅先生からは今こうして電子書籍が話題になる以前からの流れも踏まえてのお話があってと、とても面白い会でした。


以下、いつものように参加記録です。
なお例によってmin2-flyの聞きとれた/理解できた/書きとれた範囲の記録ですので、ご利用の際はその点ご理解願います。
お気づきの点等おありの場合はコメント欄などでご指摘いただければ幸いです。


では最初に角川書店の新名さんから、出版界で今起こりつつあることについてのご紹介です!



電子書籍の現在:2010年、出版界に何が起きつつあるのか」(新名新さん、株式会社角川書店常務取締役)

  • 自己紹介
    • 角川書店で、現在は役員をしているが、編集者としては中央公論社でスタート
      • 今は亡き吉行先生らの担当、その後、筒井康隆さん等の担当
      • ずっと文芸畑、電子書籍とはるか遠い文芸編集
    • その後、角川に移ってもしばらく文芸をしていたが、感覚が古いと言われ電子書籍等を手掛けることに
      • 同時にアニメ・コミック・文芸等の編集部門の総括責任者もしている
  • まず現在の出版業がどうなっているかについて
    • 1982-2009年の出版の売り上げグラフ。一目瞭然、1996年をピークに右肩下がり。
      • 現在は22年前、1988年の水準を切るレベルまで縮小。ピーク時の72.9%
      • 雑誌に比べれば書籍の落ち込みはややマシだが、ほぼ4分の3に縮小している
    • 電子書籍のシェアは2005年:0.4%⇒2009年度:2.9%に。
      • 絶対量も増えてえいるが、全体の市場が縮小しているのであまり喜べない
      • 2009年度の出版市場は1兆9,356億円、うち574億円が電子書籍
        • ちなみに「2兆円」という出版市場についてだが、自分が入社したころはすべてあわせて日立製作所と同じくらいだった。出版市場なんてそんなもの
    • 電子書籍の中身について。2008年時点で一番大きいのはケータイ向け電子コミック。
      • 次いでテキストのケータイ向け、それからケータイの電子写真集、PC電子コミック、PC電子書籍、PC電子写真集・・・と続くが、ほぼケータイ向け電子コミックが支えている
      • 2009年度にはスマートフォン系がシェアを伸ばしているはず
      • 2008年時点ではケータイコミックが71.2%。他もケータイ向けだけでほぼ80%。
      • PC向けも絶対量としては増えてきている。(電子書籍)全体のパイが大きくなっている
  • 角川書店に限ると・・・
    • 2006〜2009年度の電子書籍の売り上げは、2006年度には1億円に行かない程度、2009年は4億円をちょっと超える程度
      • 前年比5割程度の成長が続いている
      • 支えているのは電子コミック。テキスト系は横ばい
      • 2009年度は全売り上げの1.9%が電子書籍。2010年度には3〜4%にはなるのでは、と考えている。この先はしばらく伸びる
    • 米国の方が進んでいて、しかも中身はほぼテキスト系
      • 日本でもアメリカなみに伸びれば・・・?
    • 配信先・・・ケータイ向け468サイト、PC向け20サイト、系488サイトで売っている
      • ケータイでは391サイトがコミックス、テキストは247サイト、写真集は172サイトで扱う。PCはコミック12サイト、書籍17サイト
      • 国内全体で800サイト以上あり、現在も増えている。角川の電子書籍はうち500サイトで売られている
      • 2009.12からはPSPでもコミックを配信中。講談社集英社小学館と一緒にやっている(一緒に仕事をするのは初めて)。
        • 凄い成績は上がっていないが、ゲームユーザが好むような漫画はよく売れている
  • では、角川の電子出版でどんなものが売れている?
    • まず売っているものは・・・
      • コミックス:682点
      • 一般書籍:1,265点(うち新書15点)
      • ライトノベル(角川が一番得意):548点
      • 写真集:29点
      • その他(電子辞書等。類語辞典が人気):3点
    • そのうち強いのはメディアミックス作品
      • 紙の本と同じ傾向。映画化されたものは電子書籍も紙の本も動くなど(例:『人間失格』)
    • コミックスの大人買いが多い
      • 場所を取らない。全26巻あるようなコミックスをまとめて買っても、PCの中なら問題がない
    • 対面販売ではない・・・官能系が強い
      • ハードな官能系は角川では出していないが、BL(男性同士の恋愛を描いた小説・コミックス)が売れている
      • 20〜30代のインテリ女性がほぼ120%。この中にも読んでいる方がいるかも。ご愛読ありがとうございます。
      • 対面書店だと買いにくい、というようなものは良く売れるよう。ただしケータイを中心に、色々なところから社会的に問題視する声も。売り場を限ったり、子供がアクセスできない仕組みを作ることを業界としてもやっている。一方、官能系を置かないことを売りにしている電子書店も
    • 電子出版の特色を活かした企画
      • アニメ・コミックの部署が強いこともあり、声優にも強い人気。今や紅白にも出るし、音楽のベスト10の3〜4本はアニメ主題歌
      • そこで声優が実際に声を出してくれる、声優写真集を企画して出した。非常にヒットした。


      • 紙の本では声が出ないが電子書籍なら出る。良く売れた
  • 電子出版をめぐる環境
    • 実は電子出版にも取次がある!
      • DNP系、凸版系の会社など。出版社もお金を出している
        • ただし電子は一部の大手書店に対しては直で取引することもある
      • 電子出版取次の役割は?
        • データの安全な蓄積・配信・・・直接電子書店にデータは渡さず配信サーバを介す。電子書店からのデータ外部流出の防止/データに誤りがあった場合に配信サーバだけ直せば良い
        • 各販売サイトとの仲介、営業。電子書籍販売者だけでなく、会員制大手サイトに電子書籍の販売も持ちかける、というようなことも
        • 売上処理の代行。紙の取り次ぎと同じ。電子書店の売り上げ管理、未収金の吸収・一本化
    • 出版社系業界団体
      • 日本電子書籍出版協会
        • もとはテキスト系だがコミックスの会社も今は入っている。三省懇談会等によって電子書籍の普及の障害を取り除いたり
      • デジタルコミック協議会
        • コミックス系34社+業者4社で同様の問題を扱う
      • ほかにも電子出版関連団体は色々ある。色々なところが団体を作っている
  • Amazonの動向1:なか見!検索
    • 角川とAmazonの付き合いのきっかけ
      • 最初は出版社・著者とも警戒していたが、Amazonの幹部と話すうちに、アメリカのAmazonなか見!検索でどれだけ本が売れるようになったか出してきた
        • 平均で56%売り上げが上がる。ビジネス書のアップ率が高く、文芸書でも70%近く上がる。効果が低い分野でも30%増
        • そのデータを持って著者を説得して回った
        • Amazonに対しては全体ではなく一部だけ読める仕組みを作るよう要請、日本のみ冒頭だけ見せる例外処置を導入
      • 現在、角川の活字系の書籍はほぼ100%なか見!検索対象
    • Amazonではこれを利用して、Amazonで10%追加料金を払うと、なか見!検索を100%解放する機能も付与している。Google Editionと同じ機能を先に導入
  • Amazonの動向2:Kindle
    • ちょっと古いデータだが全世界で300万台以上売れている
      • Kindle2で200ドルを切るくらい
      • e-inkによって書き変え時だけ電力を使う。読むだけなら1度の充電で1週間は持つ。10時間しか持たないiPadは毎日充電しないといけない
    • Kindleを一番買ったのは60代男性。次いで50代、70代。アメリカは高齢者が中心にまず購入
      • 字が大きくできるから?
    • 最初から42万冊以上のタイトル数。新刊ベストセラーも発売と同時にどんどん投入
      • 通信料金はAmazon持ちで、1冊60秒以下でダウンロード。
      • 紙の本の80%以下の値段。アメリカは本が高いので読者にとってのメリットに
    • コミックスは難しい?
      • ページ送り速度と解像度の問題。通常版Kindleでコミックスを読むのは辛い?
    • 英語圏以外で一番、Kindleを買ったのは日本人。日本人のデバイス好きの表れ?
      • Amazon Japanでは来年には日本版を出したいとも
    • 2009年のクリスマスには一瞬だけ、電子書籍の売り上げが紙を超えた
      • 電子・紙両方ある本では紙:電子が2:1になっている
      • 2010.7にはKindleの売りあげがAmazonのハードカバーの売り上げを超えた
    • うわさに過ぎないが・・・アメリカではAmazonKindleを無償配布するのではないか、との根強い噂
      • Amazonのプレミアに加入すると無料で配るのでは、との話。Amazonは肯定も否定もしていない
    • ロイヤリティ70%のオプション
      • 通常、Amazonが出版社に還付するのは35%。しかしAmazonの提示条件をのめば、売値の7割を返す
      • Kindleのデータだけ作ればAmazonに登録出来て、売れたら7割戻ってくる?
      • アメリカでは個人でも数千円払えばISBNコードが取れる。個人的に自費出版で出版社同様に出来てしまう?
    • 電子書籍は非再販商品。価格決定権はAmazonに。
  • Googleの動向:Google books
    • ライブラリプロジェクトとパートナープログラム
      • 出版社が合意すればパートナープログラムで公開
      • 問題になるのはスニペット表示のみしている500万冊。自分たちでデータ化して閲覧可能にしようとしたので問題に
    • 会場の皆さんの方が詳しそうなのでさっと飛ばすが・・・
      • 一時和解したが、その和解内容がアメリカの法制度に基づくものなので問題に
      • 日本のものについては和解案の対象にならず、未解決状態
  • 結論として:出版社の直面する問題
    • 編集者・・・紙が電子になるだけなら問題ないが、新しいタイプのコンテンツの登場に対応できる人がいない
      • 活字と動画・音楽を組み合わせて何が作れる? それを誰がプロデュースし編集する?
    • 日本では紙と電子が何年後にどれだけ置き換わる? どちらにどれだけ投資すればいい?
    • 新しいコンテンツのプラットフォームとしては書籍は有効
      • 映画・音楽を聞きながら/見ながら何か調べるとき、映像・音楽を止めて調べるのは考えにくい
      • 書籍は手を止めて探すことがやりやすい。新しい時代のコンテンツのプラットフォームとして力を持つのでは? 書籍はそういうプラットフォームへ
    • 製作現場は結構大変なことに
      • 紙とデータをどうするかが揉めている。DTPは現実には印刷所ごとに方言があり、それが電子書籍作成のネックに
      • 意味不明の記号・空白が入ってそれを取り除けないなど。大手印刷所と解決を図っている
    • 営業が一番大きい
      • これまでの出版社の営業は初版部数決定、価格決定、書店への販促が仕事
      • 電子書籍には初版部数も重版もなく、価格は出版社は決められない。営業の仕事がなくなる
      • 営業はどうしよう?
  • 最後に・・・『クラウド時代と<クール革命>』の紹介
    • 社長が書いた本。はらはらしつつ編集したがいい本なのでぜひ

クラウド時代と<クール革命> (角川oneテーマ21)

クラウド時代と<クール革命> (角川oneテーマ21)


「再編される出版コンテンツ市場と図書館の役割」(湯浅俊彦先生、夙川学院短期大学准教授/国立国会図書館納本制度審議会委員)

まず問題意識から:
    • iPad発売で今まで電子書籍に興味なかった人からも「出版・図書館はどうなるの?」と聞かれるように
    • 電子書籍を考える上では、背景からきちっと考えたい
    • 1990年に書いた『書店論ノート』*1
      • 70年代後半〜80年代に郊外型・複合型書店やコンビニエンスストアによる雑誌・本の発売、クロネコヤマトによる書籍の宅配便等、書店が困った状態に置かれる・・・「本でなくてもよい」という危機感からビデオやCD、雑誌へ
      • 逆に読者にすれば「書店でなくてもいい」
      • POSシステム等によって店長だけ正規ならいい、という方向に
  • 2000年には『デジタル時代の出版メディア』という本を出版

デジタル時代の出版メディア

デジタル時代の出版メディア

電子書籍版

      • 海外の学術雑誌が電子ジャーナルに移行。電子ジャーナルは新しい代理店が入り、旭屋書店が対応できなかったのでただちに売り上げが激減
      • 政府系刊行物は海外では無償公開されるように
      • 書店で扱う商品がなくなるのではないか? そこで出版コンテンツのデジタル化がもたらす影響を分析
      • 大学図書館や電子出版に興味がある人の反響はある一方、公共図書館や出版業界の人からは「学術出版に特有の話でそれ以外には関係ない」と言われる
        • ex) 長谷川一さん:自然科学系で起こったことは全部の出版で起こるように語られがちだが・・・と、先走りの代表として湯浅さんの本を挙げる*2
  • では、2000年の湯浅の主張は外れたか?
    • M&Aによる業界再編はグローバルな動き。産業構造変化の問題で、自然科学特有ではなく全体の問題である
    • 価格の問題。ポスト近代のシステム・・・KindleAmazon
    • 系列化・外資参入の動きの加速・・・アマゾンジャパン、DNPグループの動き、角川書店グループホールディングス
    • 取次・書店の地位の相対的低下とアグリゲータビジネス・プラットフォーム的な役割の必要性・・・ビットウェイ、モバイルブックJP、電子書店パピレス
  • 2010年現在、ふたたび本を書こうと考えているが・・・
  • 電子出版前史、書誌情報・物流情報のデジタル化についても研究
    • 『出版流通合理化構想の検証:ISBN導入の歴史的意義』

出版流通合理化構想の検証

出版流通合理化構想の検証

      • ISBNにまつわる図書館・出版社の問題、当時の歴史を検証してきた
      • コンテンツの電子化の前に書誌情報・物流情報電子化の流れがあり、そのとき既に「書誌データベースへの疑問」というようなコンテンツ自体がデジタル化されるという論考も
「IT革命としての電子出版」
    • IT革命・・・21世紀前半、30〜50年にわたる長期的な文明史的事件*3
      • コミュニケーション全体に関わる
    • 2010.5.21に朝日新聞iPadの記事。その中にいくつかのポイント
      • 1995年に「電子書店パピレス」が出てきたとき、出版社がなかなかコンテンツを提供してくれないので著者に直接頼んでいた
        • それに対する防衛策としての「電子文庫パプリ」。自分たちでやらないと、自分たちの作った版面がむざむざ取られる?
      • さらに古くは1971年、講談社による「講談社文庫」も他社から大江健三郎作品が文庫化されることへの防衛策
    • 2008年のグーグルブック検索著作権訴訟の和解案から、出版社の権利ビジネスの空洞化が明白に
      • 著者と直接交渉され、著者が決めてしまう。
  • では講談社の経営実態は?
    • すべての売り上げが前年比で落ちてる
      • 14年連続減少。7年前には戦後初の赤字決算といっていたが、そこからさらに500億円近く落ちている
    • 雑誌の販売不振と広告モデルの変化
      • インターネット広告はクリックされれば関心のある顧客を捕まえられるが、雑誌、新聞、テレビの広告は効果があるのか?
        • もし経済状態が改善しても再び雑誌が売れるのかはわからない
      • 雑誌自体は休刊してもデジタル版等で広告枠を残さないといけない
        • 次々挑戦してはうまくいかない
      • 日本ABC協会による統計にもデジタル雑誌が登場
      • デジタル雑誌コンソーシアムが2010.1-2に実証実験
  • 一方、国立国会図書館納本制度審議会では・・・
    • 総務省の「書デジ」計画
      • 余談だが・・・国立国会図書館の長尾真館長は絶対に「デジタル」と言わない。「ディジタル」と言う。じゃあ「地デジ」ではなく「地ディジ」?
      • 地上デジタル放送を使って利用者のテレビまで書籍を配信するプロジェクトが総務省で出ている。インターネットだけではない?
  • 各端末・サービスの話
    • Amazonは・・・
      • Kindle. データ通信機能を内蔵した端末というのが従来との違い
    • iPad.
    • Google Editions.
    • Sony reader
      • これもいつか見た光景・・・2004年の「LIBRIeリブリエ)」. 新名さんもクローズアップ現代に出ていてその映像を今も授業に使っているが・・・
      • 生駒市図書館は(今はもうやっていないが)「電子書籍の貸出サービス」としてLIBRIeなどの端末の閲覧・貸出を実施していた. H18年の話.
        • 図書館の統計によると、最初だけ人気があったが年々貸出数が減っている
        • 食いついていたのは40代がメイン。
        • 同じく2004年の「Σブック」も市場を作れなかった
    • OCLC:Net Library・・・学術出版
      • 和書1,600タイトル。そんなタイトル数でははっきり言って役には立たない
    • TRC、DNP丸善で何かきちんとした図書館向けサービスを準備中?
  • 結局、コンテンツのデータベース化と利用をめぐるビジネスの問題?
    • Googleでヒットしなければ・・・」となれば世界中の出版社がGoogleにコンテンツを預けるだろうが・・・
では図書館は? 新たなプロバイダーとしての図書館
    • 慶應義塾大学Googleとの提携は著作権者リスト作成の関係で昨年春から実際のスキャン開始
      • ほとんど利用されていない蔵書部分を活用して行こう
    • 「流通している本」と「流通していない本」
      • 米国内での流通問題がGoogle訴訟ではやりとりされたが、最終的には英米系以外のタイトルはすべて和解訴訟から離脱
      • 「孤児出版物」とオプトアウト問題。Googleは孤児出版物についてオプトアウト方式でいっきに全文データベース化しようとした
      • 著作権法フェアユースを盛り込むかで出版界と図書館のやり取りは今後白熱化するだろうが、過去の著作物の電子化と利用は図書館の中で加速するだろう
  • 電子出版と電子図書館
    • 1994、長尾真らによるAriadne
    • 2002年、岩見沢市立図書館が岩波文庫電子書籍で提供
    • 2005年、生駒図書館の取組み
    • 2007年、千代田Web図書館電子書籍貸出サービス
      • バックには韓国における電子図書館の仕組みを持ってこよう、という考え
      • 千代田の図書館の人とコンテンツを増やすことについて尋ねると指定管理者に頼んでいるというが、その指定管理者がコンテンツをがばがば持ってくるなんてことは不可能。やるなら千代田や日本の図書館全体で出版界に頼まないと無理だが、今の段階ではコンテンツが増えないので発展しまい
  • Ariadneについてもそうだった・・・
    • 当時100タイトルくらい電子化して、「今後どんどん増える」と言っていたがそんなことはなかった
    • 出版業界は図書館にデータを渡すとただでとられると考えている。だから進まないが、長尾先生は諦めていない
    • もし出版社の許諾の下にAriadneが進められていたらGoogle登場以前にかなりものができた?
  • 日本の電子書籍を阻むもの:
    • (1)テキスト化の課題
      • 欧米のスキャニングに比べ日本のテキスト化は不備が多い
        • データはばらばら。デジタル雑誌実証実験でも明らかになったが、各出版社のコンテンツを同じプラットフォームでどう見せるかは困難
        • ルビや画数の多い感じのテキスト化の困難さ
          • GoogleとNetLibrary等の違いはここ。Googleはスキャンが8割成功していればOKと見る
    • (2)本の権威
      • 日本には権威主義的なところがある?
      • 米国では本に対する概念の問題もある。教科書の電子書籍化が進むと色々変わる?
    • (3)独立系の出版社が多すぎる
      • 悪いことではないが・・・講談社/出版社も同族経営
      • Elsevierまではいかなくても、色んな出版社がメディア系の傘下にあり、電子書籍に参加すればいきなり何十万タイトルから始まる
        • 日本は5点ずつなど、ちょっとずつやってしまう
    • (4)品切れ放置の商慣行
      • 「重版未定」や「重版検討中」など。「絶版」にすると著作権者が怒ると言うこともあるが・・・出版契約上の欧米との文化の違い
  • 事例:『小田実全集』
    • 紙版とデジタル版で4倍の価格差
    • デジタル版しかない図書も多く出てくる・・・図書館は「紙になったらやっておいで」とは言えない
      • ボーン・デジタルにどう対応する?
    • 学術分野におけるコンソーシアム契約の金額メリット
結論
  • 出版システムは変化する
    • コンテンツプロバイダで新たなプレイヤーが出てくる
  • 電子図書館電子書籍のコレクションは一体化する
    • 誰がいくらでどういうプラットフォームを作るのか?
  • 図書館はコンテンツの流通・保存について利用者の立場から積極的に活動する必要がある
    • 図書館が出版社に働きかけて提言する時代
    • 国会図書館が出版社に代わってデジタル化を行うことは可能。出版社の利益を損ねない形でなんとか
    • 長尾プランと出版社でお互いの納得できる地点を見出すことが建設的?

質疑応答(強調はmin2-flyによります)

Q:新名さんへ。図書館とのかかわりについても幾つかご意見あるかと思うが、何かあれば。
A(新名さん):

出版社はこれまで複本問題をめぐって、大手は特に図書館と矛を交える関係。我々も対策委員会を作ったことがある。
それも出版界が図書館に対して警戒心を持っていることの基盤になった。
長尾プランについても、私個人は面白いとも思っているが、出版界の中で意見を聞くと「そこを委ねてしまって、その後のプラットフォームの歯止めはどこまで行くのか?」ということを警戒している人が多い。
それを煽った図書館関係者もいる。
「図書館法はすぐ改正できるが著作者隣接権はすぐには・・・」みたいなことをおっしゃった方がいて、感情的な対立も生んでいる

また、民業圧迫の部分については、あの部分をやりたいと考えている出版社もある。
しかしそれがAmazonAppleGoogleの勢力に対抗できるものが作れるかは、個人的には非常に疑問でもある。
Sonyや凸版、朝日新聞KDDIが組んで電子書店をやりたい、紀伊國屋が電子書店をやりたいという話があって、コンテンツを出してほしいと相談もある。
いかに業界のトップブランドが組んでも、Amazon一つにかなわないのではないか。
象徴的なのは、コンテンツを集めたいということでSonyKDDIが通信とハードウェアを担い、凸版と朝日新聞がコンテンツ集めを担当するということで朝日新聞の人が来た。
朝日新聞から来たのは書評の担当であった人でもあるが、そのとき半分からかい、半分本気でいったのは、朝日新聞は大企業だと思っているだろうが、零細である我々から見たら朝日新聞Amazonより小さい。本当に(朝日新聞で)できるの?」と言ったら絶句していた。

日本の大企業にはGoogleAmazonAppleの恐ろしさを知らない無垢な人々が多すぎる。
仕事でそれらとやり合うことは多いが、例えばAmazonKindleで最初から大量にデータがあったのは、あれはAmazonが作ってくれとお願いしたって出版社がやってくれるわけはない。
じゃあなんで出来たかと言えば、print on demandのためのデータというのものがアメリカでは最初からあった。
そのデータを、日本の出版社や書店なら品切れ重版未定のために使うと考えるだろうが、Amazonは違う。
Amazonは例えばダヴィンチ・コード発売時に10万部買ったとして、1週間持つだろうと考えていたのが3日で売り切れたとする。
そこでもし出版社にも在庫がなければ、Amazon迷わずprint on demandで刷って売る
そのprint on demandの本にはISBNも入るし、print on demandであることは読者に明示しない。
さすがにpaper backに限られているし、print on demandの方が原価は高いが、そうすることで「Amazonに品切れはない」というブランドを作る。
そのためのprint on demandデータがアメリカの出版社にはあって、それがKindleに流された。
だからKindleには最初からデータが大量にあって売れた。
こういう発想を日本の出版社は持てるか? そういう相手と一戦交えようとしているのを朝日新聞の人たちはわかっているのか?


Q:千代田のWeb図書館の現場を担当している。単館でコンテンツを増やそうと思うと難しいものがある。今度、日比谷図書館でもWeb図書館をやり、かなりのブランドになると思うのだが、出版社の間では公共図書館を新たなマーケティングツールとするような戦略はある? 日比谷のバックにはDNPもいるので面白い展開にもなりそうだが・・・
A(新名さん):

図書館の電子書籍で一番ネックになるのは著者。
著作者隣接権が出版社にないので、我々の一存でなかなか動かせない。
図書館との対立との話もあるが、出版社はまだビジネスの観点でものを見るが、著者は一個人なので感情でものを見る
「図書館のせいで売れない」とか思いがちで、我々が話を持って行っても「うん」と言わない。
マーケティングツールに図書館はなると思うが、そこに至るまでに著作権者の意識改革をする必要がある。

A(湯浅さん):

他の公共図書館の館長と話す機会もあるが、NDLがなにかやってくれるならできるが自分たちではできない、という発想がある
一方で社会教育委員会や市議会では「iPad時代に図書館はなにしてるの?」とも言われて困ると言う。
コンテンツをもっと増やすことが千代田等でできなければよそに広がることもないだろう。




・・・いや、ディスカッションでのAmazonの話が面白くてそれまでに考えたことがかなり吹っ飛んでしまったのですが・・・
Print on demandを、絶版本のために使うのではなく品切れで重版が間に合わない新刊本に使っていたとか。
しかもそのデータを電子書籍用に使いまわすとか。
なるほど、そいつは「そういう相手と一戦交えようとしているのを朝日新聞の人たちはわかっているのか?」との疑問もわかります。


同人界隈におけるダウンロード販売の普及っぷりとか*6、本じゃないけどYouTubeと棲み分けて独自に展開できているニコニコ動画のことなんかを考えると、依然、日本語と言う言語の壁がある日本で独自に商売成立させるってのは決して無理ではないはず。
無理ではないはずですが、とかくコンテンツ数を揃えないことには話にならないわけで、そこで日本の出版界隈のこれまでの慣行(契約等を結ばない)ってのが・・・それ自体は、逆に出版社から著者の権利を取り戻そうとしているオープンアクセス業界のことを考えてみても決して悪いことではないのですが・・・ネックになっている感じが伝わってきました。
新名さんのお話の中で電子書籍販売サイト数の多さが紹介されていましたが、いやいや、フォーマット等が統一されていない今の状況でそんなにあるのは収拾つかなくなるだけでは感も(汗
大きなところが本気で日本語で売ってきたらまとめて吹き飛ばない?


あとは、後半で話題になった長尾プランについて。
自分は参加するイベントの傾向の関係もあって、出版業界の中でも比較的長尾プランを肯定的に受け止めている方とお会いする機会が多いのですが、業界全体としてはやはり批判と言うか、警戒感を抱かれているのですね。
それを図書館関係者が煽って悪化させた、と言われてしまえばなんとも・・・危機感を煽って「一丸になってなんとかしよう!」という方向に行くことを期待したケースもあるかとは思いますが、お互いdisりあって対立してしまえばどうにも話が進まなくなってしまいますね・・・うーむ。


色々考えるところはありますが、すぐにはまとまりそうにもないですね。
ただ、最後に湯浅先生からあった「NDLがやってくれないと」という発想、あるいは「誰かがやってくれないと」という発想、という点は興味深いようにも思います。
もちろん予算の制限も時間の制限も人の制限もあり、単館レベルで出来ることには限りがあるのは当然とも思いますが、他方で業者にただ「やって」とお願いするだけでコンテンツが増えるんだったら今までの電子書籍関連サービスが「いつか来た道」呼ばわりされることもなかっただろう、というのも確かで。
湯浅先生から「やるなら日本の図書館全体で出版界に頼まないと」というご発言もありましたが、なんらかの形で出来ることがあるなら模索していかないと、他者任せで状況の変化に対応するのに追われているだけだとどうにもならんのかな、とかなんとか。
未来は自分の手で切り開くもの。
そこでNDLが自ら動き出したところは評価に値すると思うのですが、あとは出版社とどう友好関係築きうるのかですかねえ・・・*7

*1:Amazonでは売り切れ・マーケットプレイスにもない様子。NDL-OPACの書誌情報は次の通り:国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online

*2:

出版と知のメディア論―エディターシップの歴史と再生

出版と知のメディア論―エディターシップの歴史と再生

*3:

IT革命―ネット社会のゆくえ (岩波新書)

IT革命―ネット社会のゆくえ (岩波新書)

*4:星海社 | Seikaisha

*5:No.11 電子書籍の流通・利用・保存に関する調査研究 | カレントアウェアネス・ポータル

*6:そういえば最近自分が買った18歳未満が買えない本は全部ダウンロード購入ですね・・・

*7:築かないでやっちゃえ、といけるような規定も我が国にはないわけですしねー・・・