かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」

戦場の地獄を書かせたら天下逸品の一人、佐藤大輔が原作の超本格ゾンビマンガを秋葉原メロンブックスまで行ってやっとの思いで入手してきた。
一時、アマゾンでプレミアついてたからなあ・・・どんだけ売ってないんだよ、と。


設定はある意味、限りなくオーソドックス。

  • ある日、突然世界中にゾンビ(作中では「奴ら」などと呼称)が現れる
  • ゾンビに噛まれるとどんなちょっとだけでも必ず死ぬ
  • ゾンビに噛まれて死んだ奴もゾンビになる
  • ゾンビは頭を潰されないと活動を停止しない
  • 世界中大パニック
  • はたして主人公たちは生き残れるのか?!

みたいな。
そんなオーソドックスな設定を、極めるとここまで絶望的で、どきどきする話になるのか、と。
つーか怖い、怖い、怖い!
原作の佐藤大輔が巻末で「スーパーに入るとどうやってたてこもるか考えてしまう人、スーパーに銃砲店がないことに憤りを覚える人、ゾンビに囲まれても乳尻太股を忘れない人に読んでほしいし、読んでそうなってほしい」みたいなことを書いているが、いや本当にその通りになるよこんなん読んだら。
頻繁に「世界が決定的に変わってしまった」とか、「これまでの世界は崩壊した」とか、「絶望の日々」みたいな単語が挿入されてくるんだが、その言葉の持つ「先がない」感が半端じゃない。
それでも生きていくために必死な主人公たちが妙にリアルで怖いんだけどドキドキする。
極限状態で見えてくる本性、それまでの社会が壊れて新しい世界になっていくことにわずかな時間で慣れていく人間たち、そしてそのことを内心では嫌っていない主人公。
2巻冒頭、バイクへの給油のためにキャッシュディスペンサーぶっ壊しながら「この世界を好きになりはじめていた」と述懐する主人公や、中盤で「もう普通に生きるために皆に合わせなくていいんだ」とか言いながら釘打ち銃ぶっ放すガンオタの生き生きとした感じはなんだ。
絶望的で、周りみんなゾンビで、我が身可愛さゆえに生き残った人間同士で殺し合い始めちゃってるような中で、好きな女の子とキスしてドキドキしてる、そんな一歩間違ったらリアルさの欠片もなくなりそうなシーンから、尋常じゃなくリアルなものを感じ取ってしまうのはなんでだ。


つまるところは彼らは「あっち側」よりの人間なんだ、ってことだろう。
今の世の中だと適合できない(好きな女の子が友達と付き合っちゃってる、本当は銃オタな本性をさらけだせない、えとせとら)けど、ゾンビが横行して秩序がぶっ壊れた世界なら、やりたいようにやれる。
生き残れることがなによりも大事な、死と隣り合わせの混沌とした世界。
そんな世界の方が適合できる奴らもいるってことなんだろう。
皇国の守護者」の新城や樋高みたいな戦場の方が生き生きできる連中が、とりあえず主人公パーティの男性陣として揃っている。
現実世界にもきっとそういう奴らがいるんだろうなー、とか思うと「自分はどっち側だろう?」とか考えてしまったりもするが、まあ十中八九、最初の方でゾンビに噛まれて死ぬキャラだろうなあ。
屋上から飛び降りたりして自ら命を絶つ選択を選べるほど潔くはないが、生き残れるだけのポテンシャルもない感じ。
できれば現場から遠く離れた安全なところでぬくぬくしながら「あー、ここの地域はもう無理だから放棄しよう。生きてる人間がかまれてゾンビ増えても嫌だし、毒ガスでも捲いておこうか」みたいな冷徹なことをぬかす小悪党みたいなポジションを早急に確保したいが、まあ無理なので大人しく噛まれてゾンビ化。


そういえばこの間、一緒に飲んだ友達は「道歩いてるときにゾンビが現れたらどう逃げようとか、考えない?!」と力説していたが。
これからはちょっと考えながら生きてみようかなー、とか思った。


・・・しかし、部屋にあることすら怖いくらいに割と絶望的な話なんだが、読まずにはいられないんだよなあ・・・そこら辺、ゾンビ映画にも通じるところかなあ・・・人間って不思議。