かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

国内出版がエルゼビア化する世界とかを妄想する

図書館情報学橘会と日本図書館協会の共催で行われた、国会図書館の長尾館長の講演会に行ってきました。

□演 題: 「コンテンツの時代」
□講 師: 国立国会図書館館長  長尾 真 氏
□日 時: 平成20年7月19日(土) 15時から16時


講演に先立って、日本図書館協会理事の常世田理事からご挨拶があったのですが、まずその中で言われていた

  • 今ほど図書館が必要とされている時代は日本史上ない
    • 自己判断・自己責任が求められる社会には図書館のような施設が不可欠
  • 新技術を取り入れること、ロビイングやマスコミへのアピールが重要である


という点に強く頷いたり。


長尾館長のご講演も面白かったのですが、特に自分が興味をひかれた点を挙げると

  • NDL-OPACは精密すぎる?
    • 精密さゆえにコストがかかる
    • 利用者はそんな精密さなんか関知しない(NDLの書誌部と利用者にギャップがある)
    • 精密さよりはあいまい検索など、利用者側の間違いがあることを前提としたシステム(サーチエンジンのの「もしかして」みたいな?)の必要性
    • 長く続いたシステムを変えるのは難しいが、このままではまずい
    • と言うような話をアメリカ議会図書館長にしたら、先方も同じことを考えていたそうでかたく握手を交わした
      • 国際的に何か起こすかも?
  • インターネットのアーカイビングの必要性
    • NDLでもWARPで約4000の許諾を得られたwebサイト情報を集めている(年1〜2回)が、「焼け石に水
    • 政府機関(go.jp)や国立大学については、許諾を得ずともアーカイビング出来るよう、国立国会図書館法改正に向け活動中
  • 電子出版と図書館モデル
    • 電子出版物を直接ダウンロード購入して読む時代
    • 書店や流通(取次)、印刷業は縮小する
      • と、色々なところで述べていたせいでつきあげをくらっている(苦笑)
    • 図書館による電子出版物の提供は出版社にとって不利益になる。出版社の不利益を抑えるようなモデルが必要
      • (アイネオによるシステムのような)同時利用人数制限、一定期間を超えた後のデータ自動消去、転送・印刷不可にするモデル
      • 同時に何人でも利用可能にする代わり、館外からの利用については一定の利用料(公共交通機関で図書館に来るのにかかる金額程度)をかけて出版社へ?
  • 機関リポジトリ国立国会図書館(質疑)
    • 機関リポジトリを継続できなくなるようなことがあったらいつでもデータを国立国会図書館に移管させて欲しい
      • 出来れば常時、NDLでデータを持っていけるようになると・・・(もちろん、IRが動いている限りNDLからの公開はしない)

などなど(もちろん、例によってmin2-flyによるメモ準拠ですのでデータの正確性等については担保できません、あしからず)。


個人的には特に電子出版と図書館の関係については非常に面白い、と思った。
ちなみにここで長尾館長が想定していたのは終始、図書館側で電子書籍のファイルも持つモデルで、現在の電子ジャーナルのように出版社サーバへアクセスする権利を買うようなライセンシングモデルではない様子。


電子出版物を図書館が利用者に無料で提供することが出版側にとって不利益となる、と言う点については、自分は完全には同意は出来ない。
確かに、従来の図書館同様に電子書籍を(個人購読の場合と同じ)「定価で」購入して、それを無償で利用者に提供する・・・と言うことが、同時アクセス無制限・ダウンロードも印刷も自由、と言うモデルで提供されればそりゃあ出版社にとっては本が売れなくなって不利益極まりないだろう。
ただ、書籍に比べ電子化の進んでいるコンテンツである電子ジャーナルを考えると・・・あれはその図書館の利用者にとっては「無償」で、同時アクセス無制限、機械的な大量ダウンロードでなければ大量のダウンロードも自由*1、もちろん印刷も自由で提供されているけれど、出版社側は電子化をしぶるどころかむしろ積極的に推し進めている*2
この差はなにか・・・と考えれば、まあ考える間でもなくわかることだけど、価格がぶっちぎりで高いことと、もはや電子ジャーナルは「個別メディアを売る」モデルではなくパッケージにまとめて「アクセスできる権利を売る」モデルになっちゃっているので、アクセス権利を高値で売ればあとはどんだけ大量に利用されても出版側に不利益にならない、どころか「こんなに利用されているんだから、今後も買い続けてくださいねv」ってことで利益につながる、ということなんだろうな、とか。


このモデルは非常に強力と言うか、例えば筑波大が電子ジャーナル(と、データベース)にかける費用は年間3億円くらいになっていて、サービス対象者数が2万人ちょっとなので、1人頭で割ると年間1万5千円くらいを電子資料の整備にかけている、ということになる。
「1万5千円」と聞くととんでもない額とられている気がしてくるが、年間1万5千円払うことで契約範囲内の電子ジャーナルはアクセスし放題、データベースも使い放題ってことで、特に電子ジャーナルを良く使う分野の院生・教員にとってはこの契約は全然有利であると考えられる。
例えばもし図書館の契約コンテンツを使用せずに、1万5千円返してもらって必要な資料を全部自腹で賄おうとした場合、仮にペイパービュー(論文1本につきお金を支払うモデル)で閲覧するとすれば、海外電子ジャーナル掲載論文1本読むのに20〜30ドル(2,000〜3,000円)くらいとられる。
論文7本も読んだら1万5千円なんか速攻吹っ飛ぶ価格設定。
「そんなの誰が読むか!」と思うが、研究する以上、特に論文を執筆する際には先行研究をあたらないなんてことは出来ないわけで・・・本当、借金でもするしか・・・という話になる。
しかして、この1万5千円を大学図書館(まあ必ずしも図書館である必要はないかもだが)で取りまとめてパッケージ契約すると、契約範囲内のジャーナルは何本・何回ダウンロードしようが問題なし!*3
自分みたいにちょっと面白いと思った論文はガンガンDLして印刷しているような人間にとっては、1万5千円なんて1月で元とれます*4
まして半端なく論文を利用する化学とか生物系ならどんだけお得だろうか、とかなんとか。
実際、先日のエルゼビア社のライブラリ・コネクト・セミナーでの加藤信哉さんのご講演にあった東北大の例によれば、電子ジャーナル購読費とダウンロード回数を見比べた場合、(出版者によって差はあるものの)だいたいパッケージ契約によって論文利用単価が28円〜1,004円に抑えられている、とのこと。*5
28円て。
もともと安いジャーナルなのかも知れないけど、それでもペイパービューで見ようと思ったときの1/100とかじゃん。
1,004円でも安く思えるってーのに・・・いやはや。


一方で出版者の側だって、実際にどれだけ読まれるかがわからないペイパービュー方式で稼ごうとするよりは、パッケージ契約でまとめて売っちゃった方が利益も計算しやすいし安定性もあるわけで。
毎年価格が高騰するだとか、根本的に「なんでそんなにペイパービューの利用価格高いんだ!」という大問題もあるわけですが(爆)、少なくとも現在の電子ジャーナル購読モデルは、「図書館が利用者に電子出版物を無料で、同時アクセスも印刷も自由にできる形で提供しても、出版社が不利益にならない」という状況を、図書館側に値段を吹っかける+それでも利用者が個別で買うよりは安く設定する、ということで実現してる。*6


しかしてそれは全て海外大手学術出版社の話で、国内の一般の出版社はおろか、国内学術雑誌ですらそんなモデルには全然なっていない、と・・・。
国内学術誌については海外みたいに大手出版数社でほとんど出しているような状況になっていない(電子ジャーナルプラットフォームはJSTとかNII-ELSとかありますが、紙の方は基本的には商業出版でなく各学会単位で出版して売っているモデル)ってのが大きな理由でしょうが・・・うーん。
あるいは、学術情報に限らない、一般の雑誌や書籍についてはそもそもパッケージ契約のモデル自体聞いたことありませんが・・・


でも、電子出版(同時アクセスの実現)を図書館で提供した場合に不利益にならない方法、と言う点では、パッケージ契約はかなり面白いと思うんだけどなー。
例えば「うちの自治体は角川グループと契約を締結しており、図書館の利用カードを持っている人であれば富士見書房電撃文庫スニーカー文庫などのライトノベルや角川文庫などの小説全タイトルがインターネットで無料でご覧いただけます!」とか。
図書館に予算を突っ込む代わりに出版物が(体感的には)使いたい放題・読みたい放題の世の中。
今はインタフェースの問題(自分だって研究に使うんじゃない、小説なんかはやっぱ紙の本で読みたい)があるけれど、Kindleとかの電子書籍端末がもし普及するようであれば、割と上記のようなモデルを結んでいる自治体とか心惹かれるものがある。
っていうか住所だけでもそこに移して利用カード作りたくなる(笑)


あえて暴論をかませば、日本の書籍出版市場(雑誌除く)なんて1兆円に満たないわけで*7、先の例のように例えば国民1人頭1万円(税金から)出して国立国会図書館でライセンス契約結んじゃえば、出版市場は減収どころか3,000億円くらいおつりが出る勢いなわけで。
その状況下でなお良質なコンテンツを作り続けるモチベーションを持たせるための仕掛けとか、中小出版の多い現状の維持はそのモデルじゃ無理(大手に統合される)だとか、考えるべきことは多いしやっぱ実現は無理かもな、とも思うけれど。
少なくとも、「図書館は定価で購入した資料を利用者に、無償で提供する」の、「定価で」のところだけ考えなければ、電子出版物の図書館による提供を出版社の利益につなげることもできるし、そっちの方が(せっかく電子化されているのに同時アクセスを制限する、なんてモデルよりは!)便利で面白い、と思うんだけどね。
・・・確実にコンテンツの価格高騰を併発する気はするけど・・・(汗)
まあ日本のコンテンツ価格は安すぎるって話もあるしなー、とか。


そんなわけで、エルゼビアをはじめとする海外企業のやり方を(高い!って批判するばかりでなく)もうちょっと参考にしても良いのかも、などと考えつつ長尾館長の講演会後は大学図書館支援機構の総会に向かったのでした。*8

*1:エルゼビアなんか検索結果の一括ダウンロード機能も実装するわけだし

*2:ScienceDirect搭載コンテンツまた増えるらしいっすよ!

*3:ただし機械的大量ダウンロードは契約違反なので、スクリプト組んで自動でダウンロード、とかはやめて下さい。検索アラートつけてRSS設定してればスクリプト書かなくても自動で論文情報届くし、一括ダウンロードも、今度エルゼビアでScienceDirectの検索結果一括ダウンロードとか搭載するとのことなので、違反行為しなくても手軽に一括ダウンロードできるようになります。検索式を打ち込むのも面倒くさいとかになると、「そもそもあんたDLしたファイル何に使うつもりだ?」(転売する気じゃねーだろうな?)って話になるので・・・っていうかそれを防ぐための機械的DL禁止でもあろうし・・・

*4:っていうか先月読んだ分で、ペイパービューなら4万円超えるくらい使っているので

*5:こちらも参照:ライブラリ・コネクト・セミナー2008 -Return on Investment 〜 図書館への投資効果 〜 - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*6:っぽく見える。いや本当、価格下げろとは言わないので値上げだけは勘弁して下さい、買えなくなると死活問題なんです・・・もしくは一緒に図書館予算(ひいては大学予算)を増額する方法考えて、実行を手伝ってください>大手学術出版社の皆様。いやもうすでにやってくださってるところ多いですけど。それこそエルゼビアがROIプロジェクトにかかわっているとか。そういうのは本当に素晴らしいと思うのでガンガンやって下さい。

*7:こちらも参照:出版市場の縮小ペースより図書館の資料費減額ペースの方が早い、とかなんとか - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*8:・・・しかし、この手の海外出版の話をする時にエルゼビアばかり名指しするのも、そろそろシュプリンガーとかワイリーを始めとする競合他社に申し訳ない気がするなあ・・・別にエルゼビアばかりひいきしているわけではないですよー。Wileyの"JASIST"誌はほぼ毎日読んでますし、Springerの"Scientometrics"誌も愛用していますー、となにかのアピール