かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

研究の最先端はどこにある?

4日前のエントリで最後に述べた一言について。

「英語ばっか見てると足元すくわれるぞ」・・・って話は、余裕があったらこの次くらいに。


図書館総合展を明日に控えて余裕は全然ないわけですが(爆)、言いっぱなしで放置と言うのも決まりが悪いので二言、三言。
なお、これは『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読んだあとの一連のエントリ*1と同じく『日本語が亡びるとき』を読んだあとに感じたことを書いたものですが、今回は同書の内容とは全然関係ないのであしからず。
「英語ばっか見てると足元すくわれる」と言うよりはむしろ、「分野のトップジャーナルばっか見てると足元すくわれるぞ」という話。
あるいは、(一部例外を除き)研究の最先端は雑誌になんか載ってないという話。


さて。
Twitterで自分をフォローしている人の中ではすでに見た方もいるかも知れませんが、自分は『日本が亡びるとき』を読んだあと、以下の一連のコメントをポストしました。

自然科学系で英語が既にメジャーな言語であり、英語で発表されたものこそ価値があるものなので日本語など見向きもされなくなる・・・と言うのは一面で事実であるが、それを真に受けて日本語に見向きもしなくなったりしたら足元すくわれるぞ

Twitter/min2fly

そもそも「雑誌に掲載された成果」というのは研究を終え、仲間内での談話なり国内学会等を経て海外誌などに出ていく・・・経路を経ているのであって既に最新のものではない。そんなもんばっか読んで「これが世界の最新か!」とか思って研究に着手すると発表する頃には2−3年遅れの内容になっている。

Twitter/min2fly

だから少なくとも日本国内で足元を固めておくためには日本語の、それも雑誌論文ではなく学会発表や身内の集まりでの話、科研費の申請等に目配りしておかないといけない

Twitter/min2fly

雑誌論文に「今後は○○のような研究が望まれる」って書いてあったら十中八九そいつ本人かその知人が既に着手してるんだよ

Twitter/min2fly


最後のはTwitterゆえに口が滑った感じ丸出しですが(苦笑)
実際には本当に「望んでいる」場合もあると思いますし、全然着手されていないこともあるでしょうし。


それ以外の部分はだいたい今回言いたいことの内容をまとめた感じになっているので時間がない人はこれだけ読んでもらえばもう言いたいこと伝わっている感じですが(爆)
足りないこともあると思うので、以下補足。



インターネットを介したコミュニケーションや電子ジャーナルの登場で科学研究の在り方は従来に比べ大きく変わったようにも思えますが、多くの分野では実際には学術雑誌(への投稿と査読、掲載)を中心とする科学コミュニケーションの在り方はあんまり変化していません。
そこら辺の事情は『彼氏が和文雑誌に載ってた。別れたい・・・』というはてな匿名ダイアリー阿鼻叫喚のブコメをつけた多くのはてなユーザにはわかってもらえるんじゃないかと思いますが、基本的に自然科学分野(と、図書館情報学でも自分みたいな雑誌よりの人間)は査読制のある雑誌に論文を投稿して、掲載されてなんぼの世界。
掲載されれば業績になり、却下されれば次の投稿先を探す・・・ってことで、ブログやwebページ等雑誌以外の発信メディアがいくらでも揃っている現在においても、(それが例え電子版しかない雑誌であっても)査読を受けて雑誌に掲載されなきゃ業績としては認められにくいし、業績がなけりゃ生き残れない(あっても生き残れるとは限らないけど)。
ゆえにみんな雑誌に投稿し、科学コミュニケーションの中心は(電子/冊子を問わず)学術雑誌のままで、古典的な科学コミュニケーションのモデルからあんまり変化していない。


じゃあ古典的な科学コミュニケーションのモデルとはどんなものかと言うことについてはガーベイとグリフィスのモデルが有名であり、学術情報流通を勉強すると必ず出てくる基本的なものになっています*2
本当はこのモデルの図をそのまま引用出来るといいのですが、ちょっと画像が見つからなかったので簡単に説明すると、ガーベイらのモデルによれば、研究者は研究を終了したのち以下のような順序でその成果を公表していくとされます。

・研究開始
 ↓(約1年後)
・研究終了
 ↓(終了後すぐ)
・少数のインフォーマルな聴衆を対象にした報告
 ↓(研究終了後1年以内)
・比較的多くの制限された聴衆を対象にした報告
 ↓(研究終了後1年過ぎくらい)
・州(ガーベイらの調査対象はアメリカ心理学会なので)、地方レベルの研究集会あるいは専門学会
 ↓(研究終了後1年過ぎくらい)
・APA年次大会(全国大会レベルの学会)/並行して、会議プログラム→会議録に収録、アブストラクト集に掲載される
 ↓(研究終了後1年半後くらい)
・雑誌へ投稿
 ↓(研究終了後2年くらい)
・(査読を通過した場合)雑誌として刊行される
 ↓
アブストラクト集に収録される
 ↓
・レビュー誌に入る
 ↓
・他の論文に引用される・・・

(Garvey, W.D; Griffith, B. 科学コミュニケーション:研究の遂行および知識の創造における役割. 武者小路信和ほか訳. 情報研究への道. 上田修一編. 東京, 勁草書房, 1989, 図3(p.100)をもとに改編)


実際には地方レベル/専門学会の前にテクニカルレポートの刊行が入るんだけど、上の流れに入れにくかったので(ガーベイの図は本当は2次元平面上に示されているのを自分は無理に1次元に並べたので)ここではふれない感じで。
ご覧のとおり、ガーベイらのモデルにおいて研究が終了してから雑誌論文として刊行されるまでの間には約2年のタイムラグがあるとされます。
もちろん研究の速度は早まってきているし、これは心理学会の場合なので分野によって速度は全然違うはずですが、研究成果が雑誌論文になるまでに多様な方法で繰り返し発表される、雑誌論文になるのは研究終了後かなり時間がたってからであることが多い、って点については多くの分野に共通するもので、実際図書館情報学でもだいたい似たような経路を辿って雑誌論文での刊行へと至る場合が多いかと思います。


で。
図を見れば一目瞭然ですが、雑誌論文での刊行は研究成果の公表手段としてはかなり後の方に入るメディアになっています。
雑誌論文に至るまでに小規模の身内の発表1回、やや規模の大きいクローズな発表1回、地方/専門学会1回、全国学会1回ということで4度も研究成果が発表される機会があり、その間に会議プログラムや会議録の公刊などテキスト媒体での発表も済んでいる(テクニカルレポートを入れればさらに増えるかも)。
もちろんこれ全部やる人はそうそういないと思いますが、雑誌論文になる前になんらかのメディアで研究成果が公表されている場合が多いってのはこれも学会発表等を経験して、そののちにその研究を雑誌に投稿したことがある人などにはわかりやすい話かと。
あるいは修士論文を発展させて投稿させたことのある人とか。


要は、雑誌論文になる前に研究に関する情報の多くはすでにどこかで公開されていて、その気があれば入手するのも不可能ではないということで。
雑誌論文にするのはむしろ査読を受けて「認められた研究成果」(業績を測るものになるのもそうだけど、大前提として「科学的な知識」として組み込まれていくことになるもの)とするための通過ルートであって、それを通ることである程度「評価の定まった」研究と言えるようになると同時に、それを通過する頃には既に著者本人にとって「最先端の研究」とは言い難いものになってしまっている、と。


特に(それこそ図書館情報学のように)まだ完全に英語になりきってないけど英語での発表も多い分野では、英語の雑誌論文は国内学会等での発表の後、場合によってはさらに海外学会で発表してから雑誌論文として刊行されるなんてパターンもあるので、英語論文と実際の国内研究のタイムラグはさらに広がることもあり(もちろんあんまりタイムラグがないのもありますが)。
論文としてまとめる時間/査読にかかる時間/公刊されるまでにかかる(編集作業の)時間を考えると、発行される頃には著者にとってとっくに過去の研究内容になっている場合もしばしばだったりとか。


そんなこんなで、雑誌論文とはすでに一定の成果を出し終えた研究の、さらに研究が終わってからけっこうなタイムラグを経てから出されているものなので、そんなものばかり見て「これが最先端の研究か・・・!」とか言ってると時には国内ではとっくにその研究の数歩先を研究している人がいたりするかも知れないし。
自分だって発表にはタイムラグがかかるんだから、最初の段階でタイムラグがあるまま研究したら雑誌論文として刊行する頃には平気で2−3年時代遅れになっている可能性もあるよね、と。
まあ期間の長さは分野依存が著しいところですが、図書館情報学分野で国内研究者が海外論文に投稿したものを最新だと思っているとだいたいそれくらい時差がつくんじゃないかとは思います。
もちろん中には2007年の調査結果を2008年に速攻で出してくるところもあるけど、一方でそもそも受理から査読終了まで2年かかった論文が"Journal of the American Society for Information Science and Technology"誌の最新号には確認した限りで2本載ってたりもして・・・(苦笑)


だから最新の情報に触れていたいなら、雑誌論文ではなく学会や身内の集まり(学生/院生が出易いところだと卒論や修論の発表会?)や直接的な他の研究者とのやり取りの中で情報に目を光らせていないといけないんだろうな、と。
もっとも、そこら辺は逆に雑誌論文と違って査読のプロセスを経ていないので玉石混交で全くフィルタリングがない状態ではあるのだけど・・・(苦笑)
してみると、やはり一番いいのは直接的に他の研究者とのやり取りの中で情報を得ていくことなのかも、とか。
それこそガーベイ曰く、「科学の本質はコミュニケーション」であり*3、人とのかかわりなしにはやっていけないことなんだし。
いっちばん興味があるところである、その人が今やっている研究の、最先端の部分ってのはその人の頭の中にしかなく、それどころか場合によってはその人の頭の中にすらなくて対話ややり取りの間で着想が生まれてくるものかも知れないわけで・・・そう考えると、学会やなんかの人が集まる機会と言うのは、最大限活用しないと損であるとかなんとか。


・・・ってことで大変牽強付会な感じではあるけれど、ARGの岡本さんが言われているとおり、「みんな図書館総合展に来るといいよ!」と言う(爆)
きっとまだ雑誌論文には載ってないような/まして英語論文にはなっていないような色々な面白い話があるはずなのでー。


・・・まあ、明日行く自分がこんな時間まで起きてて大丈夫かって話でもあるんだけどね・・・*4

*1:半世紀議論が遅い>『日本語が亡びるとき』 - かたつむりは電子図書館の夢をみるか, むしろこれから起こるのはネイティブイングリッシュの破壊であるとか - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*2:W.D.ガーベイ著, コミュニケーション―科学の本質と図書館員の役割 (1981年)などを参照。他にもいろいろなところで出てきます

*3:まあこの場合はマスも含むんだろうけど

*4:ちなみに自分は初日はNIIの「学術コンテンツサービスの成長点  −新たなニーズへの挑戦−」と、学術オープンサミット「デジタル時代における学術情報と図書館-貴重な資料の保存と未来への活用-」のパネルディスカッションを聞きに行きます。2日目は丸一日DRF4にいて、15:30〜からの時間のうちに10分ほど時間をもらって機関リポジトリのログ分析について話してきます。3日目は大学図書館支援機構による瀬名秀明さんの講演、Project Next-Lのフォーラム、そしてARGカフェ&フェストに参加予定です。なんとなくそれっぽい奴を見かけた方はお気軽に声をかけてください。誰だかわからなかったら2日目のDRF4に来てもらえれば確実にわかります。