かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

研究の規範は若者からは変わらず、かつて若者だった者が変える


先日、「院生・学生はブログ書け」というようなエントリを書いたわけですが。


ちょうど当該エントリに掲載したARGカフェでの発表*1から数日後、カレントアウェアネス-Eに以下の記事がアップされていました。

 研究でのソーシャルメディアの活用については,携帯端末やソーシャルネットワークに馴染んだ「2000年世代」 (millennials)が学術世界の様相を変えるという考えに対して,否定的な見解が示されている。まず,調査によれば,情報技術に詳しいとされる大学院生・博士研究員・助教などの若い研究者も,そのキャリア形成のためには,指導者達の行動,規範,勧めを受け入れるということが一般的である。

上記カレントアウェアネス-E中で紹介されているカリフォルニア大学バークレー校の高等教育研究センターの報告書全文は以下のURLから読めます。


全部読むと733ページもあるのですが、エグゼクティブサマリー(20ページ)にだいたいのことは書かれているので興味がお有りの方はそこだけ読まれてみても良いかも。
中身はカレントアウェアネス-Eで紹介されている通り、主に研究発表形態の在り方について、カリフォルニア大学を中心とするアメリカの研究大学の研究者(博士課程の学生やポスドクも含む)160人にインタビュー(一部はFGI)を行った結果のまとめです。
カレントアウェアネス-Eの要約中でも「情報技術の活用は,終身在職権や昇進といった厳しい現実とは分けて考えなければ」と書かれていますが、報告書本体は厳しい現実を真正面から直視した内容になっており、なにせ「Summary of Findings」の最初の見出しが「TENURE AND PROMOTION」(終身在職権と昇進)です。
最近は日本でもすっかりおなじみになりつつあるテニュア制度ですが、本場アメリカの研究大学所属者に行ったインタビューだけあり、当該部分に限らずテニュアの話はそこかしこに出てきます。


その中でも強調されているのが、CA-Eでも出てくる「ハイテクに精通した("tech-savvy"な)若い大学院生、ポスドク助教が伝統的な出版以外の方法を用いる、などということはない」という話。
それらの若手研究者は学術コミュニケーションの世界で最も弱い存在であり、その選んだ研究分野の規範("norm")に従うことが周囲から求められ、本人たちもそうする、との指摘があります(エグゼクティブサマリー p.8)。
テニュア獲得と昇進のための競争にさらされ続ける研究の世界では「昇進時の評価項目になるか否か」が最も重要で、そこで評価されないかもしれない媒体で積極的に発表しようというような若手は少ない、と。
むしろ研究費の獲得のために業績が必要ではあるとはいえ、既にテニュアも得て安定した地位にいる教授等のベテラン研究者の方が、発表媒体は自由に選択できるしする、とかなんとか。
さらに言えばCA-E中で触れられているデータ共有についても、同様に保守的なのは若手研究者の方で、業績になるチャンスを失いかねないことであるとか、研究分野内での規範に反するかも知れないようなことはなるべく避けるのが若手研究者の一般的スタイル、と言えそうです。
「若い科学者へのアドバイス("Advice to Young Scholars")」という項目ではどの分野でも共通して「業績になるところでの発表に専念して、public engagement*2であるとか委員会の仕事、論説記事執筆、ウェブサイトやブログの構築、非伝統的な電子媒体での情報流通に時間を割くな」とわざわざ項目一つ立てて書かれており・・・(苦笑)(p.9


「若い世代が研究の世界に入ることで何かが変わるのでは」であるとか「若い世代の力で変えていこう」みたいな話はシンポジウムや井戸端話でよく聞くところでもありますが、こと研究発表に関して言えば「とりあえずテニュアを取るまでは分野の規範に従順でいろ、やりたいようにできるのはそれからだ」というのが実際のところで、少なくとも若い世代が研究に参入することで何かが変わるなんてことはないだろう、という報告書でした*3
じゃあいつ変わるのかと言えば若手研究者がテニュアを得て、十分な地位を確立する頃であり、すなわちもう若くない頃であるとかなんとか(爆)


というわけで、一若手研究者であるところの自分が前々回のエントリに書いた、研究に関連する内容はブログにアップしても直接的な研究内容に触れることは従来型のメディアで発表するまで隠し通す・・・という方針は若手研究者としてはごく一般的な行動のようです。
「ブログに時間を割くな」って方については・・・これはまあ同じく前々回のエントリに書いたとおり、図書館情報学分野においては自分の名を売る意味でもいいんじゃないかな、とも。
もっとも自分はテニュアどころか4月にやっと博士後期に進むというような状況なので、将来になってみないとなんとも言えないわけですが(苦笑)
そうして仮にテニュアを実際に得ることが出来たところで、「院生・学生はブログを書くと良い」なんて言ったって、絶対その頃の若手はまた違う何かの方法を確立しているわけで・・・。


結局、研究の規範は若者からは変わらず、かつて若者だった者が変えるのである、とかなんとか。
・・・まずはそれまで生き延びるサバイバルを勝ち抜かないといけないわけですが・・・

*1:もう1カ月以上前ですよ・・・出張なりなんだりで最近本当にブログ書いてなかったな・・・

*2:http://en.wikipedia.org/wiki/Public_engagement

*3:なおあくまで発表の話。情報探索の部分であるとか、研究のスタイルについては変わっている可能性も大いにあるし探索の部分は変わって来ているとする研究もある。