かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

Librahack事件について:あるいは、図書館と利用者の関係と、僕らに出来るかもしれないこと


岡崎市立中央図書館向けのクローラーを動かしていた男性が逮捕された事件、いわゆるLibrahack事件についてご存知ない方は下記の杉谷智宏さんによるまとめ等を参照。(さすがにこのブログの読者の中にはご存知ない方はいらっしゃらないかとも思いますが・・・)


要点としては、岡崎市立中央図書館のサイトに対し、新着図書の予約等を行う目的で機械的にアクセスするプログラムを作成した男性が、サイトへの攻撃ではないかとして逮捕され、20日間勾留された後に起訴猶予となった、という事件です。
図書館Webサイトのアクセスに問題が生じた岡崎市立図書館が警察に相談したことが逮捕のきっかけですが、既に朝日新聞等でも報道され、ネット上でも検証されている通り、男性の行為に違法性はなく、システムに不具合が生じたのは図書館システム側の欠陥によるものでした。
この件については警察・システム開発業者・図書館それぞれに対し問題を指摘する意見がこれまたネット上で既に多々出ていますが、特に図書館に対しては事件後、図書館長が「(男性の自作プログラムに)違法性がないことは知っていたが、図書館に了解を求めることなく、繰り返しアクセスしたことが問題だ」、「図書館側のソフトに不具合はなく、図書館側に責任はない」等と発言したと報道された*1ことを受け(前述の通りソフトに不具合はあることはわかっていること等もあって)批判の声が高まっていました。


その岡崎市立図書館が、9月1日付でWebサイトに「岡崎市立中央図書館のホームページへの大量アクセスによる障害について」と題した文書を掲載しました。

 図書館が導入しているコンピュータシステムのソフトウエアを開発した会社に連絡し、調査したところ、本を検索したり予約したりする一般利用とは異なり、短時間に大量のアクセスが行われていることがわかりました。これによって、それまでは問題なく閲覧できていた図書館のホームページが閲覧できない現象がたびたび発生していたということですが、誰が何のために行っているのか不明なため、図書館も対応に苦慮していました。

 しかし、このような状態を放置しておくことは、より多くの方にご迷惑をかけることになるので、警察に、このような事例が他にも存在するのか、犯罪性はあるのか、また相談窓口はないか、といったことについて相談し、最終的には被害届を提出しました。

 その後の捜査により、大量アクセスを行った人物が逮捕され、報道によりますと、起訴猶予処分となっているとのことです。

 このコンピュータシステムは平成17年に導入しましたが、その時点で自動プログラムを用いて短時間に大量の図書データ情報を入手できるような事態は、想定していませんでした。今回の事例により、そのような情報入手の方法があることを認識し、本年7月、大量アクセスに対応できるよう、コンピュータシステムの改善を行ったところです。
 
 ホームページは誰にでも開かれています。もちろん事前の申請の必要もありませんが、利用者の方におかれましては、情報収集のために使われる手段が、他の利用者に迷惑をかけていないかどうかについて、ご配慮をお願いいたします。


・・・結局、特に違法行為も行っていないのに逮捕された男性について気遣いの言葉もなく、図書館システム側に不具合があったことにも言及せず(ああ、きっと「仕様」なんですね)、さらには「情報収集のために使われる手段が、他の利用者に迷惑をかけていないかどうかについて、ご配慮を」とまで来ましたか。


はてブコメントでも言及しましたが、これはない
これはないよ、岡崎市立中央図書館
一番迷惑を被ったのは特に違法行為もしてないのに実名で逮捕事実を報道され、20日間も勾留されたLibrahack氏のはずなのに、そのことに対し一切の気遣いもないばかりか「Librahack氏の迷惑行為が問題」であるかのような態度を取ると言うのは、公共図書館の姿勢として許されざるものだろうよ。



以下、自分の私見です。
なんの地位もない図書館情報学の院生兼ブロガーではありますが、図書館情報学を学びブログなんか書いている者としてこの件について何か書くべきではないかとずっと思っていたので、この機にまとめて。

まずやるべきだったことと、どうしてそれをしないのか

Librahack氏に悪意がなく、その行為に違法性もなかったことが明らかになった時点で、図書館としてまず取り組むべきはLibrahack氏の名誉回復じゃないのか。
岡崎市立中央図書館がそれをかたくなにしないのは、違法性はなくてもクロールが迷惑行為だという意識がなおあるのか、それとも実際は自分たちのシステムにも問題があったと思っていても行政上それが認められないのか。


前者なら、技術的な問題については既にネットに散々あがっているとおり。
また、技術者でもなんでもない、元は文系の図書館系院生である自分の目から見ても、クロールは特別なことではありません。
人手でやるのが困難な作業について、プログラムを書ける人間ならそれで対応しようと思いつくのはごく自然だし、自分も(OPACに対してではないですが)よくやっています。
1秒/回というLibrahack氏のペースなら良識的とすら思えるところです。
・・・って、本当自分が言うまでもないのですが、しかし「大量にアクセスがあると不審に思いますよ」と図書館員の方に言われたこともあるので、何度でも繰り返し言い続ける必要があるのかも知れないと思います*2


後者(図書館に問題があったと認識しているが、それを表明できない)ならば、それが図書館利用者よりも大事なのか、ということを考えてほしい。
違法性がない行いによって20日間勾留された人に向かってなお「あなたが悪い」というような言動を取り、さらには自分たちのシステムの問題をわきに置いて「このようなことをするときは他者に迷惑をかけないで」と利用者に呼びかける(実際は一番、他者に迷惑をかけているのはシステムの不具合を放置していた図書館と業者ではないかとも言えるわけですが)ような図書館。
その姿がどんなメッセージを周囲に放っているように見えるのか、考えて欲しいのです。
すでに弁護士の落合洋司氏から、以下のようなコメントも出ており、はてなブックマークでも(中にはいきすぎではないかと思うものもありますが)多くの批判意見が寄せられている*3ことを・・・図書館内、あるいは図書館よりもさらに上の立場にいる方は認識していないのだろうな、と推測出来てしまうのが悲しいところではありますが・・・



今後やるべきこと・・・岡崎市立中央図書館だけでなく、図書館業界全体として

図書館員がシステムに関する知識・技能をもっと身につけるべき、という点については既に多くの議論があり、Code4Lib Japanのような取り組み*4も出ているのでここでは触れません。
自分が今回の事件でそれ以上に問題と感じているのは、図書館の利用者に対する姿勢、あるいは図書館と利用者の関係についてです。


図書館とはなんぞや、という話は、これまで幾度となくこのブログでも関連する話題を取り上げてきましたが、今のところ自分ははっきりとした答えは持っていません。
そこを利用の在り方から帰納的に考えたい、というのが最近の自分の姿勢でもあるのですが、しかしその話は今はいいでしょう。
ただ、とりあえず言えることとして、基本的に図書館、それも近現代の公共図書館というのは「使われる」ためのものであり、利用者のために図書館が設置されている。
そのあたりは図書館法第二条*5

「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設

という記述にもある通りです。
利用されるためにある図書館が、その利用者が図書館利用に関連して、違法性もないのに逮捕・勾留され損害を被ったとなったときに、「図書館としてこれは動かねば」と思える態度、あるいは風潮が作れなければ、つまり利用者を重視する態度がなければ、システムの知識がいくら身に着いたところで別の局面でまた似たような事件が起こる危険性はいつまでも残るのではないか、と思えます。


その点で今回、真っ先に逮捕者が出たことを「遺憾」とし、「今後絶対に逮捕者を出すことなく広く活用されるシステムについて議論し合意形成を進め」ると声明を発表したカーリル、ブログであって公式見解ではないのかもしれませんがやはり図書館サイドの問題点を指摘し、「図書館の判断ミスによって、結果として図書館のヘビーユーザであったLibrahack氏に多大な損害を与えたという事実は重く受け止めるべき」とした図問研ブログについては評価すべきと思います。


ブックマークコメント等での指摘もありますが、できれば図問研においては公式見解としてLibrahack事件について同様の意見を表明して貰えないかと思いますし、さらにいえば出来れば同様の見解が日本図書館協会(JLA)からも出て欲しいところです。
「今回の事件から図書館界全体へのバッシングにつながるのではないか」と危惧する意見を図書館員の方から聞くこともありますが、そうならないためにもまず必要なのは図書館業界全体としてLibrahack氏に非はなく、岡崎市立中央図書館の事件後の対応は認められないこと、Librahack氏の名誉回復や今後同様の事件が起こらないための再発防止策を打つこと等の表明があってしかるべきではないか、と思います。
そういうときに発言してこそ業界団体の存在意義があるというものであり。
いわば「身内」である公共図書館への批判にもなり得るということで苦悩もあるでしょうが、外部者に対しては「図書館は利用者の秘密を守る」等と宣言しながら、身内が利用者をないがしろにした場合には及び腰になる、というのでは誰がそのような団体を信頼するか、という疑問も湧きます。


そして、やはり大事なのは、岡崎市立中央図書館自体が利用者の方を支援する立場に立つことでしょう。
自分たちの被害届が原因の事件であり、その非を認める難しさもあるでしょうし、そもそも非があったと認めたくもないのでしょうが、それと利用者の(それも悪意があったわけでもない、実際のところ非らしい非のない利用者の)権利を守ることを天秤にかけるべきではない。
いったん、相手を批判するような態度をとってしまった今からではさらに難しくなってもいるのでしょうが・・・(なればこそ、JLA等の外部者、かつ図書館団体からの声明によって公式見解を変えうる機会を与える必要もあるのでは、とか)


最後に:図書館と利用者の関係

さんざん、利用者サイドにたって図書館を責めるような意見を書きましたが、自分は別に「利用者様は神様です」と思えと言いたいわけではないですし、そんなこと思ってほしくもないです。
利用者と図書館は・・・公共図書館であればその自治体の、他の図書館であれば(大学・学校のような確固としたものからもっとゆるいものまで様々でしょうが)その図書館の属するコミュニティの中で、その目的ややりたいことの実現のために協働する仲間、同僚、あるいは同志ではないか、というのが自分の考えです。
この点で自分にもっと近い考えを述べられているのは、元千代田図書館長の柳与志夫さんです。


千代田図書館とは何か─新しい公共空間の形成

千代田図書館とは何か─新しい公共空間の形成

図書館サービスの提供者(図書館員)と享受者(利用者)の関係について触れておきたい。私は両者の関係は相互的あるいはもう少し踏み込んで言うと協働的関係だと考えている。親がただ口を開けている幼児に食べ物をやるような一方的関係ではなく、両者の知的交流を通じて、公共図書館という場で地域の公共的情報資源をより豊かにすることが理想の関係だ。(p.44より)

利用者も自分の要求をただ図書館員にぶつけるだけでなく、図書館という場を使ってどのような知的貢献ができるかを考えるべきだし、図書館員も自分たちよりもはるかにものを知っているかもしれない利用者から謙虚に学ぶ姿勢を忘れてはならない。「顧客」という用語を私も便宜上使うことも多く、またサービス開発等の面でそのようにみなすことの有効性はあるが、本来的には、「サービス提供者⇔顧客」の関係にあるとは思っていない。むしろよりよい知識社会を創っていくための「同志」なのである。(p.45より)


もちろん利用者サイドにもそうした考えを持ってもらえるような働きかけをしないことにはここで言われているような関係は始まらないわけですが、同時に図書館サイドにおいても利用者が「同志」であるという意識が必要、というのが自分の考えであり。
そういう意識があれば、きっとLibrahack事件においても図書館側の対応はまた違ったものになったのではないか、少なくともDoS攻撃等ではなく自分なりの使い方をしようと思っただけのヘビーユーザだとわかった時点でLibrahack氏を支持する立場に回り得たのではないかと思います。




以下おまけ。


自分が今回の事件を目の当たりにしてずっと感じていたのは、無力感です。
一介の学生に過ぎず、できることも限られ責任なんか負いようもない立場にいる自分ですが、Librahack氏のために何か出来ないのか・・・というようなことを事件発生以来ずっと考えていて、何もできない、しないまま今に至っています。
上の記述でずっと図問研やJLAに何かして欲しい、と書いているわけですが・・・それを中に入って要請するためにも、業界団体に加入しているってことには(これまでずっと学会以外はほとんど入ってなかったわけですが)意味があるのかも知れない、と考えるようになってきました。
入会方法とか知ってすらいなかったのですが、後でちょいと調べてみようと思います。
あるいは、今日これからまさに第3回の定例会のある図書館情報学若手の会(ALIS)*6が若手がそういう意見をまとめて発表する場になったりもできないかなー、みたいなことも考えていますが、そのあたりはまたおいおい(それをライトニングトークすれば良かった、と思ってももう遅いわけですが(大汗))

2010-09-12追記

このエントリをアップした4日後、図書館問題研究会から下記の声明が発表されました。


ブックマークコメントにも書きましたが、図書館業界団体として指摘すべきことが満たされた、素晴らしい声明であると思います。
すでにこのブログを読まれているような方はほとんどご存知であろうとは思いますが、後々に検索などでこのエントリを見かけた方に対する、その後の図問研のアクションについてのナビゲーションとしてリンクを追加させていただきました。

*1:当該記事は既にネット上から削除されていますが、魚拓が残っています:【魚拓】asahi.com(朝日新聞社):図書館長「了解求めないアクセスが問題」 HP閲覧不能 - ネット・ウイルス - デジタル

*2:このあたりは図書館の中でも館種、対応業務によって意識は大きく異なるだろうと思います。大学図書館系で、機関リポジトリ等に取り組まれている方ならクローラーがえらい数くるのは見慣れているはずです。ちなみに筑波大学図書館情報メディア研究科から大量にアクセスがあったら高確率で自分です

*3:はてなブックマーク - 岡崎市立中央図書館のホームページへの大量アクセスによる障害について

*4:「ライブラリー×ウェブの力を飛躍させる」:Code4Lib JAPAN Lift Off - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*5:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO118.html

*6:ALISの活動記録