かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「研究成果発表の手段としての学術誌の将来」・・・SPARC JAPANセミナー2008に行ってきた


昨日の宣言どおり、今日はNIIで開催されたSPARC JAPANセミナー2008に参加してきました。


昨日の日本図書館協会IT研修会も100人のオーダーで人がいらしたそうですが、今日のSPARC JAPANセミナーも90名ほどの方が参加されたという盛況ぶり。
めちゃくちゃ面白そうなテーマだったのでそれも然り、といった感じ。


以下、いつものように簡単にレビューを。

講演開始前に(永井裕子さん)

第一講演者の土屋先生が準備されている間(なんかGoogleサイドバーがなかなか消えなかったみたい)、司会の日本動物学会の永井さんからジャーナル出版についての熱いお話が。
以下、聞きとれる範囲でとったメモ書き。

  • 直前までワシントンにいた(なんとタフな・・・)
  • NIHのパブリックアクセス方針についてはブッシュ大統領自ら記者会見*1

 ⇒これについてはいずれ日本の出版にも影響してくるはず

 ⇒アメリカではいくつかのプロジェクトが動いている

  • (電子化出版物について)XMLをどうやって作るか?

 ⇒誰にとっても大きな問題だが、日本では全くその話がなく非常に「お粗末な」状況。

  • アメリカで様々な会合に出て)日本では学会が学会出版のことを考えてこなかった、ということをつくづく思った。

 ⇒大事なのは学会が自分のジャーナルをどう出すか、をきちんと考えること。
 ⇒講演者の話を聞いて「はあ、そうですか」じゃなくていま思っていること、知りたいことを出してほしい。
 ⇒誰かに頼っている限りはジャーナルはよくならない。なにが正しいとかはない。
  どうするか考えるのはわたしたちの使命。

出版サイドには全然関わらない下っ端(図書館系の学会2つのただの学生会員)の自分でも「なんかせにゃあ・・・」と思うくらいにアツい感じが伝わってきます。
どうするのかを考えるのは「わたしたちの」使命なんだよ、みたいな。



雑誌論文が研究成果発表の手段であるのはいつまでか(土屋俊先生、千葉大学

プレゼンテーションとしては最初、ということでまず千葉大の土屋先生から特定分野に限らず総論的なお話。
ポイントはいくつもあったが(「ピアレビューとは何か」、とか)、一つには「もともと論文数で業績が評価できない教員はいたし、論文として表現できない研究成果もある」という話と、実際の例の紹介等が色々なされたり。
建築、デザインなどの分野は論文数では業績の評価が出来ないし、ピュアサイエンスや哲学、歴史、文学なんかも高等教育には不可欠だけど単純にバイオや化学と本数を比べられると困ってしまう、とか。
あるいは最近では実験プロトコル論文誌もあらわれて来たりする一方で、宇宙物理学なんかでは単体の論文では完結していない(アルゴリズムを雑誌論文、それを用いて作ったアプリケーションを用いて行った研究はその分野の論文に投稿して、デモ画像はwebサイト掲載、とか)研究もあったり、あるいは人文科学分野の言語コーパス作成(ついさっきARGで求人情報が・・・)や古典資料の電子化等は研究に多大に貢献するけど論文にはなりにくい。
そうした成果はどう評価できるのか・・・と。
一方でこれまで可視化されにくかったいわゆるInformal communicationが電子環境の整備で色々な形で見えやすくもなってきて・・・ってことも考えると、論文雑誌はなくなりはしないけれど、「誰がどこでどんな研究をしているか」を見つけるための「indexに過ぎなくなる」といったように、研究成果に占める比重が相対的に小さくなるんじゃないか、という。
追加で出されていたスライドでは"論文が研究成果の「結晶化」した形態である時代はもう終わる"、"ずっと改訂され続ける、くらいの考え方の方が誠実"、"むしろ論文にいたるまでの過程が重視される"といった話も。


"Publish or Perish"が必ずしも正しい状況であるとは言えないと言うか、それだと論文になりにくい研究/基盤的なことはやりにくいよな、ってのは割と感じるところもであるので・・・非常に興味深く聞きました。
最後の最後に「論文雑誌がコミュニケーションのための費用の大半を占める時代はおわるだろう」(雑誌価格の話はいずれ過去のこととなる)みたいな一言もあって「おっ!」とも思ったり。


数学系ジャーナル及び紀要の過去と現在、これから(行木孝夫先生、北海道大学

休憩をいったんはさんで、続いて北大の行木先生による数学分野の研究発表の特徴や動向について。
普段よく「自然科学系の中でも数学は(他のSTMと)研究習慣が全然違う」みたいな話はよく聞くが、実際に数学分野の方の口からその説明を受けるのは初めてだったのでかなりわくわくしつつ聞いていました。
永井さんもおっしゃっていたが、紀要の占める役割の重要性とか、相当過去の分まで遡って先行研究を見る必要がある部分とか、STMよりもむしろ歴史学とか人文系の研究に近い側面もあって意外な印象を受けたり。
数学と歴史って高校段階だと一番好き/嫌いがはっきり分かれる分野だったが・・・それが似たような行動をやってると思うとなんか面白い。
数学が一番嫌いで歴史が大好きだった高校時代の自分に聞かせたらどんな顔するだろうね?


一方で計算機の利用やネットワーク環境の整備が影響を与える部分も大きくて、数学に関する動画アーカイブや研究で行っている内容をソフトウェアに実装するような例も出てきている、とのこと。
その際には論文中の数式が実際にソフトウェアに読み込めたりする方が便利で、ここでもXML化の話(MathML、というのがあるそうだ)が出て来たり。
それについて質疑の中では「ソフトウェアを動かすのは数学者にとっては補助的な手段で、言葉と数式で描かれた論文のようなものが本質なのでは?(だから、MathMLよりも綺麗にでるTEXとかの方が好まれるのでは?)」といった質問も(異分野から)されていたが、それについては「誤解を恐れず言えば、数式はあくまで表現手段。その意味するところが確実に伝わればいい。」と、(勝手に抱いていた数学者のイメージからすると)ちょっと意外な言葉も。
やっぱり実際にその分野にいる人の話を聞かないとわからないことってあるなぁ。


物理系ピアレビュージャーナルとオープンアクセス(植田憲一先生、電通大

打って変ってSTM中の代表的Sにしてオープンアクセスが最も進んでいる分野のひとつ、物理分野についてのお話。
とはいえ、最先端から学ばせて頂こう・・・と言うような方向にはいかず、植田先生からは「先に進んでいるがあっちにもこっちにも行ってるのでどっちに進んでいいか悩んでいる分野」という表現も。
むむう、なるほどー。


基本的に物理分野ではpeer review journalの必要性について特に疑問はない、ということでpeer reviewの仕組みについて改めて考える部分がかなり多かった。
peer reviewでは大発見的な論文がよくrejectされるが、「それはそれでいい、大発見は得てしてわからないものなのでわからないものが通されるよりはrejectの方が・・・」とか。
正しさに拘るよりも"peer" reviewとして、そのコミュニティの基準に則ってやってく方が新しい知識が生まれやすい環境になる、みたいな話は実に面白い。
応用分野ではそうもいかない事情がある(読者=利用者が著者に対して圧倒的に多いので、読者が「正しさの保証」を論文に求める)が、読者=著者が成り立つ純物理分野では「読む人の責任」と言える(正しさの保障よりも掲載の価値、読者も内容判断に参加)なんて聞くと「純物理面白そう・・・」とか一瞬錯覚しかけて困る(min2-flyはおそらく高校の全教科中で物理が最も苦手です。他人の話を聞くのは好きだが自分ではなんもわかんない)。


あとは、どうも2009年度からAPSのジャーナルは価格を下げる(!)予定である、って話とか。
理由は中国で契約件数が増えたから。
一時的な現象、と言うような気もするが・・・「クライシス」という状況でもなくなってきたとはいえ、基本値上がりしてきた雑誌価格のループから抜け出せるか??
でもそれで今まで以上にジャーナル見れるようになった中国からの研究発表がさらに増加するならば、またすぐに出版コストの問題は出てくる気がするが・・・


質疑の中では一つには「public review(peer review前の論文をいきなりwebに挙げて公開でコメントを求める形式)がなぜうまくいかない(あんまりコメントつかないそうだ)のか?」みたいな話が個人的に面白かった。
植田先生からは「コミュニティに自分が責任を持っている、と感じている人がコメントをするといいレビューになるが、それがwebの(割と無責任な)文化と合わないのでは?」という見解が示され、うまいことフィルターかけてやる必要がある、みたいなことが言われ。
一方で日本化学会の林さん(フロアー)からは「研究者の世代による習慣の差もあるのでは?」と言うことも言われていた。
「下世話に言えば、今2ちゃんねるに書き込みをするような人たちが研究者に増えれば、openなpeer reviewも回り出すのでは」と。
これはかなり興味深い話題・・・まあ、2ちゃんねるに書き込む人は若い世代の中でも限られているとは思うが、ネット上のコミュニティとそこでコメントすることに対する親和性のある人々(自分に分かりやすく考えれば分野に特化したブックマーカー、コメントも良くつけます)が研究コミュニティの中に増えれば、open peer reviewは確かに上手く回りそうな気がする。
それが真に「世代」の問題か、世代だけじゃない別の要素も含むものか、と言うのは考える余地がある気もするが・・・自分と同世代でもはてブも2ちゃんもニコニコもやってない人は数多くいるわけだし・・・


質疑の中では他にもNIMSのはじめた機関負担モデルのジャーナルについてとか(民間の利益で抜かれている部分がなくなる分安上がり?⇔商業出版が果たしてきた研究貢献は?)、かなり熱いディスカッションが行われていた。
思わずメモをタイプする腕に力が入りすぎて会場の方に「お静かに・・・」と怒られましたorz
本当にごめんなさい、以後静かに急いでタイプする習慣を身につけようと思いますm(_ _)m


そんなこんなで、2日連続で相当刺激的な話を聞いたので、消化しきるにはちょっと時間がかかりそう・・・
でもどちらも非常に面白かったので、また次の機会にも聞きに行ければ、と思う。
月・火に授業を入れなかった甲斐もあったというものー。


さ、明日からまたいつもどおりにLCに入れるように、そろそろ寝ないと・・・(すでに手遅れな時間ではあるけれど)

*1:初耳・・・聞いたけど覚えてなかっただけ?