図書館総合展でひとしきり盛り上がったところですが、今年はそのままの勢いで日本図書館情報学会の研究大会@日本大学も開催されました!
今年はちょっと例年より少なめでしたが、24件の研究発表がありました(ちなみに今回、自分は出してないです)。
発表者の皆さん、お疲れ様でした。
そして研究大会2日目の午後は、図書館情報学会名物(?)、公開シンポジウムです。
今年は電子出版と言ったらこの方、昨年『電子出版の構図』*1も出され、「何度目の電子書籍元年だ」と突っ込みつづけられている東京電機大学出版会の植村八潮さんをコーディネータに迎え。
あの『書棚と平台』*2の著者の柴野先生、慶應義塾大学の電子学術書利用実験プロジェクトに携われ、最近『情報管理』に論文も出された*3島田貴史さん、それに図書館情報学代表で京都大学附属図書館研究開発室の古賀崇先生、という豪華パネリストともに、「電子書籍時代の図書館のあり方」について議論する、という熱い企画でした!
電子書籍が登場してから何年も経っているが、その一般市場への普及や図書館におけるサービスは、欧米と日本、また大学図書館と公共図書館で、様相を異にしている。それは、図書の流通(書店や図書館サービス)に関する背景の違いなどに起因し、また、電子書籍の貸し出しサービスは、民間サービスとの競合、さらには、サービス有料化論も含む図書館のあり方の再検討をうながす問題にもつながりうる。こうした「電子書籍」の動向と、それを図書館でいかに扱うべきかについて、研究と実践の両面からのアプローチが必要な状況であろう。
本シンポジウムでは、そうした背景を踏まえ、「電子書籍時代の図書館のあり方」について、研究・実践に携わっている方々を交えて、意見交換、討論を行い、学問的視座から課題と展望を探りたい。
コーディネーター・司会:
- 植村八潮さん(東京電機大学出版局)
図書館情報学会のシンポジウムでコーディネーターを植村さんがお勤め、というのも意外でしたが、植村さんが進行を司るとなれば熱い展開にならないわけがなく。
2時間50分が短く感じられるほどに、会場も含め活発な議論が行われました!
ということで以下、いつものように当時のメモです。
例によってmin2-flyの聞き取れた/理解できた/書き取れた範囲の内容であり、ご利用の際はその点ご了解いただければ幸いです。
お気づきの点等ありましたら、コメント欄・メール等でお知らせ願います。
では、最初はコーディネータの植村さんによる趣旨説明から。
いきなり予定時間超過(本人申告)で熱く語られるよ!
趣旨説明・概況(コーディネータ・植村さん)
- 電子書籍ブーム
- 電子書籍の貸し出しサービスと民間サービスの競合?
- そこで「電子書籍」をいったん狭く定義する
- 図書館や出版の果たしてきた知識の生産・流通基盤の外側にネット情報基盤が出来上がりつつある
- これを今後、どう捉えるのか、議論していきたい
- 情報量増大の社会的・技術的要因
- 電子書籍ブームについて考える:
- 世に言う「電子書籍」は非常に限られる
- 出版による生産・流通基盤と図書館
- 出版、学会の立場からすると・・・著者等がオリジナルなものを作っても、そのまま印刷されることはない。必ず編集が入る
- 人文系のモノグラフでも、博論がそのまま本になるのではなく、本にするためのやり取りがある
- マンガなんて編集者がストーリーを共同で考える
- それらが流通を通って書店から読者に届く
- そのサイクルは読者が本を買ったお金で回る
- その大多数の本は、国会図書館の12万ちょっとのタイトルのうち8万ちょっとを占める
- 表現の自由を守るには国家の予算でやってはいけない
- だから国民1人ずつのお金で回す
- 図書館は?:アーカイブズ
- もう1つのチャンネル
- 国民の知る権利、アクセスする権利の保障。それは国の仕事
- これがデジタルになると誰でもアクセスできてうまく回らなくなるのではないか?
- 図書館のアプローチとしてデジタルアーカイブがあるなら、出版側がすべてをデジタル化して、それを売るだけでなく貸し出すビジネスだって考えられる
- それを図書館に契約でアクセスできるようにする、というアプローチもありうる
- 図書館のアプローチとしてデジタルアーカイブがあるなら、出版側がすべてをデジタル化して、それを売るだけでなく貸し出すビジネスだって考えられる
- 出版、学会の立場からすると・・・著者等がオリジナルなものを作っても、そのまま印刷されることはない。必ず編集が入る
- 出版流通と図書館蔵書とデジタル・アーカイブ
- そこで電子書籍概念を拡張せざるを得なくなる
- コンテンツの生産と流通消費
- 従来の流れ・・・著者から読者へ
- 現在・・・「ユーザー」
- それがソーシャルの中で流れている
- 出版・図書館・本:知識の構造化/体系化
- ある概念についてどんな目次建てをするか、から議論
- その構造化に責任をとれる人間がいることで信頼性が左右される
- 不祥事対応によってその後が決まる。そこは実名でしか保障できない
- ネットの知識:体系化ではなく集合体に向けて取りに行く/責任は分散する・匿名性
- 有用性とは全く別の世界
パネル発表1:「慶應義塾大学電子学術書利用実験プロジェクト」(島田さん)
慶應で実験中の電子書籍iPad画面のデモ
- 主な出来事:
- 2010.12.15から実験開始
- 現在、第三期実験準備中・・・
- OPAC連携
- プリントオンデマンド実験
- プロジェクト計画の理由:
- 学術情報の「流通」革命
- 電子ジャーナル。図書館はすっかり変わった。大学図書館特有の現象?
- 電子ジャーナルが完全に流通を変えた
- 画面上で欲しい情報が手に入る体験を10年間、している
- 予算も和書の倍くらい、電子ジャーナルに使っている。
- ほとんど英語の世界。日本語は中国語・韓国語以下。言い訳のしようがない。
- そんななんだから、待ってても和書は出てこない⇒プロジェクトへ
- 学術情報の「流通」革命
-
- 大学における「学習」の変化
- 学生が本を買う・買わないはそんなに変化していない。授業サイズ自体がダウンサイジングされた。大規模教室はほとんど使わない
- 受験予備校はオンラインやDVD等も増えているという
- オンライン授業も増えている。大規模授業はオンライン化が学生の要望
- 教員も教科書に工夫するように。1冊の教科書で知識を覚えるような授業は「本読めばいい」と言われてしまうので、たくさんの教材を紹介する
- 全部は買えないので、電子でなんとかできないか
- 慶應においてあるスキャナで学生が一番コピーするのは自分のノート。それを友達とシェア。貸すと返ってこないがデータならリスクがない
- 大学における「学習」の変化
-
- 一方、利用の中心は「和書」
- 貸し出しのうち洋書は10%。教育には和書が必要
- 一方、利用の中心は「和書」
- プロジェクト概要:
- 図書館員がやるとだいたい間違う。頭でっかちなので
- 評価するのは学生。学生の声を集めたり利用ログをとって効果測定
- そのために動くシステムを用意
- 参加出版社・・・15くらい?
- 訪問して気づいたこと:出版社もデジタル化はやっている
- 図書館員は「デジタル化してくれ」って言っていたのだが、その情報は取次のところで消えていた。直接話さないといけない
- 電子データは消えていたりする
- 著作権処理は大変
- 仕様調整等で苦労
- 訪問して気づいたこと:出版社もデジタル化はやっている
- もう1つの弱点:プラットフォーム
- 動くプラットフォームはお金がかかる
- 安定収入が必要
- 英語圏は電子ジャーナルプラットフォームに乗っけている。eブックにはかからない。日本は辛い?
- 動くプラットフォームはお金がかかる
- 利用実験:利用者の声を集めることが目的
- 40-50人のモニタを集めて実験
- 普通のeブックとの比較
- インタビュー調査・・・
- アプリ評価・電子書籍イメージ
- 学習活動と使用する情報の関係
- 第三期・・・700冊くらいのコンテンツから実験する
- 資料や情報の使い分け:
- 学生に言わせると・・・「OPACは無駄、役にたたない、あんなのに金使うなんて信じられない」
- 「色々言うけど、最後は本の数」
- 読みたい本の少なくとも半分、できれば8割
- ちょっと古い当たりを図書館でやっていければ
パネル発表2:「東京大学の試み:製作・流通アクターの観点から」(柴野先生)
- 自己紹介:もともとは商業出版で流通の仕事をしていた
- 現在はより広義の出版流通に興味。ラーメン屋の机の下や電車の網棚にも本はある。そういうところも含めて興味がある
- 現在は東大の図書館リニューアルプロジェクトに取り組んでいる
- それらをつないでいるのがデジタル化
- そこで今日は東大の事例を紹介しつつ、気づいた問題について話したい
- 東大図書館のプロジェクト:本郷の総合図書館の話
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- 本郷の図書館はすでに設備的に古い
- 東大の蔵書の8-9割は部局図書館が持っている
- デジタル化の問題もある
- そこでデジタルについて・・・東大アーカイブズ
- コレクション
- 大学自体の歴史
- 研究成果・教材
- 既存出版物の再構造化による新しい教材作成
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- 東大「知の森見える化」プロジェクト
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- UT-e TEXT・・・OCWの高度な発展型
- 「学術俯瞰講義」のテキストとして開発
- 講義の資料、ビデオだけでなく、その発話のテキストも見える。インデックスもある。コメントできるような仕組みもある
- UT-e TEXT・・・OCWの高度な発展型
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- 『思想』構造化プロジェクト
- 岩波の『思想』をすべてデジタル化して、構造化システムの中で読む
- 今の学生、20-30年後の学生はデジタルの本だけで学習する可能性がある。フラットなプラットフォームを紡ぐ中で書籍が読めるか?
- デジタルの世界の中でも構造的に読む/学ぶようにできないか
- MIMAサーチによる可視化/構文解析の実例紹介
- 『思想』構造化プロジェクト
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- たとえば大学図書館における電子コンテンツを考えるとき・・・
- アナログなら出版社が作ったものを買う
- デジタル・・・著者がwebで公開、出版社、大学や企業等のオリジナルのもの等、色いろある
- 電子書籍的なものは誰が持つか。多様。作り手も多様
- 単純なPDFか、構造化か
- さらにそれを誰がどう流通するのか? 東大でやるとなれば1つの事業になる
- ちょっと余談:アップルモデル
- 電子出版における製作・流通とプレイヤー
- まとめ:
- 出版社・著者も同じ立場。作り手であり受け手である
- 古書店も復刻版を出したりするので入ってくる
- 製作(オリジナル・加工・編集・再構成)と流通のデザイン
- あるものを享受するだけではなくなる。すべて変わりうるもの
- そもそも紙の本もそうだった。昔は本の作り手が「本屋」だったし、大きな本屋は卸もやっていた
- 原点に戻っていく?
- そもそも紙の本もそうだった。昔は本の作り手が「本屋」だったし、大きな本屋は卸もやっていた
- 出版社・著者も同じ立場。作り手であり受け手である
- 植村さん:出版社と著者に遠慮したかで分けているけど、同じことでしょ?
- 柴野先生:そのとおり。そこに入ってこないようなプレイヤーもいる
パネル発表3:「図書館情報学の観点からの一考察」(古賀先生)
- 私の役割は電子書籍の枠を広げる、どの程度のものがあるのか、というのを話す役割と思う
「電子書籍時代の図書館」を考察するための前提
- 『殺して忘れる社会』(武田徹)という本の紹介
- 作者: 武田徹
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- その中に「忘れない社会のために」という話がある
- 『Into the Future』というビデオの紹介
「多様な資料・著作物に自由にアクセスでき、それらを利用できる場」としての図書館の維持・発展
- 今まであまり政策の話がないのでその話
- 「誰にも知られず読む権利」
- ソーシャルの世界でも、これをあらためて認識する必要があるんじゃないか?
- 思考と信念の自由/場所のプライバシー/秘密に行う知的探求の自由/コミュニケーションの秘密性
- 同時に「読書経験を共有できる場・機能」も求められる?
- 区分けが必要
- ラーニングコモンズの議論でも顕著。静かに出来る場とみんなと話せる場の区分けをどう設定するか
- 技術の変遷を乗り越えられる標準的なデジタル記録方式
書籍以外の資料・著作物への視点
おわりに
- 多様性の保障にどの程度、政府がコミットできるか? コミットすることで政府の思い通りに歪曲される可能性は?
- 多様性に即した機能・政策・・・民、公、あるいは新しい公共?
- 論じきれなかった点・・・「知の変容」とリテラシー教育など色々ある
- 植村さん:Open Governmentってそれは政府情報側のあり方の議論であって、図書館側から議論はあるの?
- 古賀先生:私がやってきたテーマは図書館による政府情報の保存。ただ、あくまで刊行物の提供だった。政府情報が多様化する今、図書館はそれをカバーできるのか。
- 植村さん:アメリからならではの次のステップで、日本からだと3つも4つも飛ばないと辿りつけないのでは?
休憩(15分間)
- この間、会場からの質問用紙回収
パネルディスカッション・質疑応答
植村さん:
こういう時代の図書館のあり方、そこで働く司書・司書教育をどうするか、というのが一部からのテーマ。最後の古賀先生のお話で大きいのは、図書館における情報はそうやって拡大していくのか。今までは学会等がゲートキーピングしたものを集めていたわけだが、ソーシャルコンテンツ等を集め始めたときに信頼性の担保されない情報にも出ていくべきなのか。出ていくとすると、間違いなくSPAMの問題が生まれる。ご存知の方もいるだろうが、Amazonを利用してAmazonに関係ない個人攻撃をする、ということができる。
国会のプラットフォームで個人情報の特定などに行きかねない危険をはらむ。はらんでいるが、SPAM情報そのものもある種の研究者にとっては魅力的なもの。2ちゃんねるやmixiのコミュニケーションの分析をしている研究者もいて、SPAM情報そのものを研究したい先生がいる。それを誰がアーカイブするかといえば、責任を持ってどこかが保障してもいいのかも知れない。
いずれにしても図書館情報を限定するのか、拡大するのか。また、多様性の保障というが、何をもって多様性というのか。教育というはある視座を与えること。1つの視点をもつことが教育だとすれば、多様化ではなく限定化が大事、とも言えるだろう。
もう1つ気になるのは、福井さんの提言を、国会図書館がやるべきなのか。中央集権的なものを感じる。今の時代なら分散化すべきではないか? 様々な情報が分散的に立ち上がっているものにアクセスできればいい。NDLは物理の収集で終わった。それをデジタル情報に拡大するのは無理がある。それは分散処理に移っていくべきで、NDLの役割は終わった。公立図書館の役割が地域性にあるのであれば、そこが全国に散らばる情報を集めることに価値があって、その分散処理の方向を考えてもいいのではないか。
古賀先生:
会場からの質問にまず答える。IFLAでの条約の話について。2009年から出てきた話しらしいが、IFLAの中で条約案、というのは2011年から。新興国の意見を元にして条約案を撃ち出す方向になった。ただ、今後の実現性はなんとも言えない。
もう1つ会場から。福井弁護士の提案について、誰が課金を行うのか。Amazonのようにそこが金額を決めるのは問題があるのでは、とのこと。これについて福井弁護士は権利者が価格設定を自由にしてよい、と提案している。民業圧迫にはならないようにしようとしている。
植村さん:
同じく古賀先生への質問で、オプトアウトについて。Orphan booksへのオプトアウト導入は今の法律とは違う。これは国際条約違反になる可能性もあるので、他国間の議論や条約からの離脱など、大きな議論になる。それについての古賀先生のお考えは?
古賀先生:
福井弁護士の提案は夢想。現実的な法改正を離れれば、こういうありかたもあるのでは、ということ。Orphan worksの扱いは世界各国でも議論になっている。オランダあたりでもOrphan worksの処理を待たずにアーカイブ化を先行させる動きもある。条約とどれだけコンフリクトしてしまうのかは考えは色々あるだろうが・・・『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』という本でも問題提起があるが、色んな人が議論に加わることが大事と思う。
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植村さん:
同じ系列ならパブリックドメインについての考えについても来ている。僕の考えを先に言うと、市販中のものはオプトイン、非市販のものはオプトアウト、パブリックドメインのものは公開、というのは賛成している。ただ、ユーザーからの投稿受け付けはSPAMが止められないのでは、と異論がある。
柴野先生:
同じく異論がある。それをやると誰が迷惑するかわからないので、それより進めないといけないところを議論すべきでは。
また、全然話の違う、個別具体の質問について。東大の電子書籍プロジェクトは今後、MLA連携につながっていくのか。ちょうど今、議論しているところ。東大にはいろいろなアーカイブがあるが、全体が見通せるポータルがない。これから具体的にやっていきたいと思う。
古賀先生:
それから今後の司書のあり方について質問があった。1つ、いい例として、札幌市の図書館の事例がある。技術的なスキルというよりも、色々な関係者をコーディネートする、コーディネーター・プロデューサー。札幌の図書館員が出版社を回ったり、市民活動で電子書籍等の作成や、札幌市の観光事業に電子化資料を生かしたり。これをどう司書課程に生かすか、は迷う所ではあるが。
あとは、電子的なところを取り扱う上での苦い教訓は、岡崎市立のLibrahack事件。図書館に限らず自治体全体として、電子的なものを扱う上での注意点、考えることは絶対に必要。
植村さん:
柴野さん、図書館員に対する不満とかは?
柴野先生:
司書1人ずつよりも、図書館をデザインする能力が求められる。図書館の理想のスタイル、1つのステレオタイプは成立しづらいのではないか。
島田さん:
私は長く図書館で働く事務員なので微妙な立場だが。司書さんは慶應にもいっぱいいて、とても優秀。今、慶應のプロジェクトをできているのはそういう意味で優秀ではないから。頭でっかちに考えず、失敗してみないと勉強できないことはいっぱいある。ホラを吹いて、膨らませないと進まないこともある。もっと夢を語るとか、乱暴に動くとか、上司を思い切って批判するのが大事では。また、大学図書館は学校の一部なので、今は教育に絡むのは難しいのだが、越境して絡まないと色々難しい。迷惑にならない限りにおいて定期的に外に出ないと色々まわらないのでは。
植村さん:
図書館の人は枠組みを作るのはうまい。それができたら安心して、ちゃんとできているか議論していく。同じ大学にいるが、出版の人間は正反対。人のやったことと違うこと、今までにないことをやろうとするのが編集。今ある見方を変えよう、ということ。研究者もそれに近いマインド。今後のあり方はそうかも。機関リポジトリを僕が当初、批判したのは、絶対図書館員だとうまくいかないと思ったから。
島田さん:
安定している時代とものが変わる時代がある。今の図書館のシステムは250年スパンの、安定している時代の話。それに最適化すれば今のマインドになる。ただ、今は革命期なので、ヤクザと言わないが変な人がいるのではないか。
植村さん:
絡んだ質問。今後、5-10年間、まだみんなが現役である間に、具体的に各図書館がとるべき活動って?
古賀先生:
やっぱり、色々外に出ないといけない。それが一番だと思う。あとは、具体名をあげて恐縮だが、アカデミック・リソース・ガイドの岡本さんのように、図書館の枠にとらわれたり、教科書に書いてあることをなぞるのではない、次の一歩は色々転がっている。また、図書館員はメモを取って勉強しようとする姿勢はあるが、自分から発言・行動することが弱い。そういうメンタリティから一歩抜け出すことをまずやらないといけないのではないか。
柴野先生:
今日の企画はまずその一歩だろう。フィールドが違っても利害は一致しているのでいっぱい話した方がいい。大学出版協会でも、教員と出版すらちゃんと話ができていない。近くにいるのにできていない。それは出版協会も同じ。こういうことをきっかけにするのでもいいが、気の利いた人を見つけて話をするのでもいいのだが、そうやっていくしかないのでは。
植村さん:
からんで。日本の学術書籍について、図書館が組んでプラットフォームを作れる可能性はある?
島田さん:
ある、って言っておかないと実験の意味がないのだが・・・正直、プラットフォームのやりようはいくらでもある。出版社が学内にいて、ユーザー・読者が学生としている。そこに外部のプラットフォームがなんで絡まないといけないのか。相見積りしてプラットフォーム買った方が面白い。そのとき、国よりも民間セクターでやった方が動きがいい。そこは動いていて思った。発展させていくには、経済の原則から言えばより良くするには売買が発生しないといけない。変な話だが、出版社と買い手がallianceを組んで、プラットフォームを選ぶ、そのときに必要な仕様書を我々の実験でやればいいのではないか。
植村さん:
書籍流通プラットフォームが電子書籍プラットフォームにはかんでこない。なんで? 昔そこにいた柴野さん。
柴野先生:
なにやってるんでしょうね? たぶん、モデルが合わない。取次のモデルは1つの統合的モデル。同じ物を同じプラットフォームで均等に流すのは得意なのだが、電子出版は個別具体で、それに合わない。そこにどうしても乗りきれなかったんだろう。それに変わるモデルとしても統合モデルには賛成できない。
植村さん:
大学の出版部・出版界と図書館の連携について、東大出版会の橋元さん、コメントをひとつ。
フロア・東大出版会、橋元さん:
大学図書館を1つのマーケットとして考えるのは、出版業界はそんなにやっていない。色んな出版社と話していて思った。学術出版社なので図書館の市場は大きい。10-30%は大学図書館に買ってもらっている。公共図書館はそれに比べると小さい。ここで、紙の本の生産者と消費者の間で協同があるのだが、紙の本はあいだに取次ぎと書店がいて、直接あわなくても安定的に流通していた。今問題になるのは電子の枠組みの中でそれをどうするか。電子はそういった流通システムがないので、出版と図書館が直接やることになる。お互いに誤解を解きながら進めているのが今の状況。そうすると色んなこと、わからなかったことが見えてくるし、未だにわからないことも見える。出版社は図書館の予算構造や選書の仕方、決定権が誰にあるか知らない。それでも今まで問題がなかった。図書館はデジタル化にどれだけのハードルがあるか、コストがかかるかを知らなかった。ちょっと前まで図書館の人は出版は利益のために電子化しないんだろうと思っていたが、実際はコストがかかりすぎてできない。そういう誤解を解きつつ、どのくらいが最適のコストでやれるのか、今、手探りでやっている。プラットフォームについては以上。
植村さん:
慶應の糸賀先生からの質問。電子書籍といっても、国会のデジタルデータ、品切れ重版なし予定でデジタル化したもの、ボーン・デジタルなどがある。これについて実験の範囲を超えてコンテンツを増やすことはできるのか。もう1つ出版社については・・・(聞き取れず)
柴野先生:
おっしゃるとおりとしか言いようがない。
植村さん:
出版の世界の人間は面倒臭い。250年かかっていたものが25年で変化するということは、就職時のツールやスキルが定年まで持たない。昔は活字拾える職人は毎日遊べたが、その10年後、活字拾い職人は配置転換できず駐車場の案内係にされた。ここにいる人、50代は持つが、20代は後ろから学ばないといけないし、40歳はもうもたないのでなんか考えよう。
次の話。電子書籍の保存について。20世紀以降のメディアすべての問題なので、図書館に限らず議論すべきでは?
島田さん:
電子書籍は利用するもの。保存するものではない。これまでは所有するところから利用するものになったら、あとは契約の問題。利用に限定すれば契約をどうするかで解決できる。
植村さん:
そうすると次の話題になって、デバイスやデータ形式は新しいものが出てくる。EPUBだってオープンなものだからどんどん変わっているし、PDFもISOに完全に従ったものを作っても、Adobeには文字化けするように地雷が埋まっている。EPUBも同じことが起こっている。InDesignで作ったEPUBはInDesignでしか使えなくなる。それってオープンか? オープンが持ち込む隘路に入り込んでいる。どこかコントロールできるものをどこかに作っておくべき。どこかでデジュールの議論を持ち込まないといけない。EPUBでは無限拡大が始まっていく。
島田さん:
EPUBは我々も実験しているが、学術書でいるか? 引用するページが人によって変わっていいのか? それから検索はページ概念があればそこに飛べるのだが、EPUBではそういうヒットはしない。現状ではEPUBではまずどの本にあるか見つけて、その中で検索しないといけない。
植村さん:
意外にページって凄い。本というのは1つのシステム。「35ページ2段目」って言えばそこを読める。リブリエで同じことしようとしたらみんな見た目変えているのでできない。技術の前に、そもそも、教育システムがまだそれに対応するに至っていない。Open Governmentも国がそうなっているからできるんであって技術からは社会は変わらない、と私は思う。
そんな風に新しい技術が出てくるとそのたびに対応する必要が出てくると思うがどうお考えか。
もう1つ、そもそもリッチコンテンツはどうなるのか。現在は紙に保存すればいいものばかりだが、今後はリッチコンテンツも出てくる。そういう意味で、電子ジャーナルやニコニコ静画(電子書籍)のようにあるプラットフォームでしか元の形で再現できないものも出てくる。そのアーカイブって図書館できるの? できないなら誰がするの?
古賀先生:
答えづらい・・・批判されている国会図書館としてもどこまでフォローする気があるのか問いたい。あとは、国ばかりという批判もあるが、カナダの国立図書館・公文書館の施設ではまるで工場のようにデバイスの研究もしている。
柴野先生:
何をどこまで残すのか、という話になる。学術会議でGoogleシンポジウムで「私たちは全部記憶しないといけないのか?」と意見が出た。なにもかもアーカイブしないといけないのか。私個人の意見としては不可能、と思う。今残せるものが全てではない。消えたものがある。それは産業・政治など、色々なことが作用して絶対に起こる。それを否定する仕方も議論がいるが・・・
島田さん:
やればやるほど、一図書館でできることには限界がある。できるのは、その機関でオリジナルなものと、オリジナルなものを作り出すために必要なところでいい。ゲートキーパーは上から降りてくる考えだが、今のコミュニティからニーズを吸い上げる、双方向のゲートキーピングができるのではないか。
植村さん:
私も同じ。それはもう無理だと思う。放棄することからしか始まらない。無限拡大は無理、それはデジタルのメリットを捨てること。以前、Yahoo!の社長が信頼性で紙の本に並ぶように、ということを言っていたのだが、そんなの潰れると思う。ネットの世界は匿名だからベストエフォートが実現できる。ギャランティはGoogle以外、無理。Googleはずるい、ネットの情報では無理とわかっていて本をスキャンしだした。絶対的な図書館の存在を主張するなら、情報の限定と、信頼性の維持に投資をするのがいいんじゃないか。
そういう意味で、保存の問題はだから言って手放せというのではないが、アレキサンドリア大図書館のコンテンツはもう誰も知らない。膨大な情報は、品切絶版なんてレベルじゃなく届いてない。保存する必要があるの、と暴論を言ってみたい。そこで古賀先生へ。
古賀先生:
信頼性は人が与えるのだと思う。編集者が与えるのだと思うが、信頼性を与える編集者の側、出版の側のあり方も考えないといけない。そこで別の文献を紹介すると『本を生みだす力』という、学術出版社を研究した本がある。その中で編集のスタイルが違うのが面白い。中でも取り上げられているハーベスト社は1人で編集・出版をしている。都市社会学、というマイナーな学問を日本に普及させるために、研究者のパトロン的立場でやってきた、という。かなりパーソナルストーリーと、出版、それに基づく学問が結びついている。個人ベースでできること、組織ベースでできること、共通基盤でできること、それとは別に信頼性を増すということをやっていかないといけない。それに図書館はどう応えるか。
- 作者: 佐藤郁哉,芳賀学,山田真茂留
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植村さん:
会場から反論はある? 世にあまねく情報を保障しないで図書館の未来はない、とか。
もちろん、時間軸の建て方によって答えは変わる。NDLのデジタル化データについて、次の通常国会で法改正が上がるのだが、「送信先の限定」はじめ、枠決めないとできない。図書館とか利用者、読者の立場から見ると落とし所がこんなところになる苦しさを感じる。もちろん限定することでビジネスや権利を守る立場であるのだが、改正されるのが全部そうで、利用者の立場とぶつかるときの現実解がここにある。時間軸をどこでどう動かすか、というのがある。
フロア・慶應、糸賀先生
その枠を決めたのは急ぐから。百何億というお金をかけて国内出版物の5分の1を電子化したのに、今は国会図書館にいかないといけない。それはおかしい、どこでもアクセスできるようにしたい。そのために権利者の合意を得るために枠を作った。当面は抑制的でもいいから、なるべく早く、国内の図書館からアクセスできるようにしたいと思った。ただ、大学・公立図書館だけで学校図書館が除かれているのが不満。今後は学校図書館を含めるべきだし、プリントアウトもできるように変えていく方向。
通常国会では、ダウンロード不可能、プリントアウト不可能、同時アクセス数の限定、といった枠をはめた案を出したが、これは「これなら権利者もすぐ納得できる」ライン。今後は権利者の益になる方向に改善していく。
植村さん:
続けて糸賀先生に。これ、日本の公立図書館は対応できる? 対応できないありがた迷惑、と言う声も聞くが。
糸賀先生
今まで公共図書館は現物貸借で対応していたところが電子化できるので便利、と聞いている。温度差はあるかもしれないが基本的には好意的。
植村さん:
公立図書館の方と話すと、予算が削減できるから電子図書館提案に賛成している。そうではない議論にいかに展開していくのか、というところで、公立図書館に対する。教育的指導って先生方にやっていただきたいのだが。
糸賀先生:
それは自治体の戦略、経営あるいは情報化戦略。そのときに図書館がプレイヤーとして参加できるか。それは図書館の今までの働きが大きく左右してくるだろう。
もう一点、今までの議論に出ていないのだが、国会図書館がデジタル化したデータを民間にどう使ってもらうかも議論中。プラットフォームは民間の方がいい。そこにどう提供するか、という議論もある。
植村さん:
出版デジタル機構では民間活用できる方向を・・・国会の電子化経費の保障もしつつ、なるべく安く提供できるようにしたいと考えている。この点はぜひ、皆さんご協力を。
最後に、会場からぜひ発言したい、という方がいれば。
フロア・東大、根本先生
図書館は時間軸に沿ってしか生きる道を探せない。国会図書館は1968年までのデジタル化が終わっている。それが図書館にだけでも配信できるとなると、インフラができたことになる。ここを出発点にすることは重要だが、同時に新刊書の提供もずっと議論されている。図書館と出版はそこでも衝突がある。そこは時間が解決するだろうが、その間がわからない。出版デジタル機構はその間の部分をやるのだろうが、長尾構想では今の国会図書館の作ったものを民間に渡すという。古い部分と最新の間のデジタル化は今後、どう進むのか見えない。そのへん、なにか考えがあれば。
植村さん:
今の件は最後に私から答えたい。
では、最後にパネリストから一言ずつ。
古賀先生:
図書館は図書館の中だけでいろんなことを考えすぎる。職場でもそういうことを感じる。植村さんのおっしゃる通り、色々な違ったところとの対話を通じて、図書館として何をやるか考え続けなければいけない。
柴野先生:
プレイヤーは多様化するが、呉越同舟が難しいなら、多様化は差別化にも関わる。力がある、詳しい人は色々できるが、そうでないところはできない。勝ち組・負け組になるのはまずいので、そこを調整することも考えないといけない。
島田さん:
根本先生のおっしゃった「あいだの部分」は大学図書館のお金を使うなりなんなりしないと。商売にはならないし、国会図書館は時間かかるかも知れないので。和書を買う予算をどうするかを、我々としてはできることと考えれば。もう1つ、保存するのは紙だと思うが、今後は紙は出るのか。今ある本を守る他に多様な今後の本をどう守るのか。「電子書籍は図書館が関与しないからいい」という出版社すらいる。B2Cモデルになる。そうなると、学術書なんてヤバイし、そうなると公共的な利用はあり得るのか。図書館として多様な情報を提供するためにどうコミットできるか、公共的にできる仕組みをどうするか、ということが大事かと思う。
植村さん:
学術出版が風前の灯なことを実感している。危機感を持っている。そのときにデジタルは生き残り方策かと見てきたが、島田さんの指摘のとおり、1968年までの本はウェルカム。売れないから。逆に今、流通している本は60万アイテムくらいあるのだが、日本で一番大きい書店でも45万アイテムくらいしかない。1,000坪の書店を埋めようとすると、年間で1冊も売れない本がかなりの比率。出版社の倉庫にも残っているが、市場でも売れない。でも1,000坪店に人が行くのは、すべての本があるという謳い文句だから。パレートの法則に従う、もっと偏るので上位1割で90%の売上を出していると思うが、それでも1,000坪店に人は行く。200坪店でそれだけの売上は出せない。出版デジタル機構でも実際は全部の本はできない。国会図書館側や図書館予算にも期待している。配分を変えて、電子ジャーナルに吸い取られた分を電子図書にも、と思う。そのあたりは今後もコミュニケーションとっていきたい。
電子書籍時代になったときの図書館のあり方、ということで議論できたことを大変嬉しく思う。
いつになく長い(苦笑)
それだけみなさんの発言が盛り上がっていたことの象徴ですが・・・なにせトピックが途中でなかなか途切れない!
割りとシームレスに話が盛り上がり続けていくのは凄かったです。
それにしても、暫くの間は「電子書籍元年(笑)」「2年目のこないあれだろ」とか思っていたんですが。
図書館総合展来、自分のイベント記録は全て[図書館][エレクトリック]の2つのタグがついているんですよね・・・もちろんそのすべてが電子書籍話というわけではないのですが、でも勢いは変わることなく議論が続き、「電子書籍時代の図書館」というのも未来というほど遠くない、本の数年くらい後に出てくる話と捉えられるレベルになっていますね。
今日、会場にはいらしていませんでしたが千葉大のアカデミック・リンク・センターでも教材電子化の取り組みがあるわけですし、大学図書館の方ではもうそれは当たり前にくるものになっており。
公共図書館もNDLにかかる法改正が通れば確実に来る、さてそうなって以降・・・というのを考えたとき、絡んでくるトピックはここに挙がった以上にきっといろいろありえて、図書館内にとどまらないのはもちろん、多様化するステークホルダーと付き合いながらどうやっていくのか・・・安定に最適化された状態だときっと難しい話であり、自分みたいに修羅場ってる方が好きな人間には実に楽しそうな時代ですっ>電子書籍時代の図書館
さて、これにて当ブログのイベント記録アップラッシュも一段落。
しばらくは通常運転(更新少なめ気味)に戻りますよー。
*1:
*2:
*3:http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/54/6/54_316/_article/-char/ja
*4:2011-11-15 誤字の指摘を受け修正。ご指摘ありがとうございますm(_ _)m また、次のURLで全文閲覧可能、ともあわせてご指摘いただきました(自分でもブックマークしてたのに気づきませんでした(汗)) http://www.kottolaw.com/column_110530_2.html