9月も半ばにして1発目のイベントレポートですよー、ということで、Hitachiアカデミックシステム研究会「電子書籍の現在 そして未来」に参加してきました!
- HAS研サイト
HAS研については今回のイベントで初めて知ったのですが、当ブログの読者の方にはお馴染みであろう、千葉大の土屋俊先生と、東京電機大の植村八潮さんが電子書籍についてご講演される・・・ということで、「これは行かねば!」と思った次第です。
それぞれ方向性は全く違いながらも、非常に刺激的なお話をされる方なのでどんなお話があるかと楽しみにしていたのですが、予想通りとても面白かったです!
さて以下、いつものようにイベントメモです。
例のごとく、min2-flyが聞きとれた/理解できた/書きとれた範囲での内容ですので、その点ご理解のうえご覧いただければ幸いです。
特に今回、大変長丁場のイベントだったのでところどころ手が止まっている箇所もあるかと思います。
お気づきの点などおありの方は、コメント欄等でご指摘いただければ幸いですm(_ _)m
電子的な出版流通と高等教育(土屋俊先生、千葉大学教授)
はじめに
- 実は電子出版、電子書籍、紙の本がどうなるかについて、先週にあった研究会でも似たような話をしてきた。
- かなりの部分は被っている。そこは最初にお断りしておきたい。
- 電子的な出版がどうなるか、という話はあるが、今回はアカデミックシステムということで、高等教育とのかかわりについて触れたい
- 僕自身も大学で教員をしている
- 人文系の研究者が研究者かは議論がある、ちょっと高級な趣味人でもあるが、大学の被雇用者として話をしたい
- 結論としては絶望的な将来。未来はない。未来を語れと言われてもない。ないものはない。でも明日くらいはありそうな気もする。
- 現状の概説・・・本を書くなら一番つまらない目次はこんな感じになる
- 学術の部分は、1千億円前後。日本の中で。一般が1兆円前後、雑誌入れて2兆円前後。学術の方がずっと小さい
- 外国雑誌はほぼ完全に電子化の時代。ほとんど電子ジャーナルになった
- 国内、英文雑誌は「明るい絶望的未来」。未来は絶望的だが、絶望してしまえば明るい未来がある
- 国内和文雑誌は、同人誌と紀要なので、どこかからお金が来る。このまま続けてそれが電子化されればいい
- そろそろ人文系の教員も、一応抵抗はするがオンラインに抵抗できなくなるだろう
- 日本語の日本の学術成果は日本国民はほぼ、見えるような時代が来る
- 問題は書籍部分
- 英語・・・色々な試みがある。
- STMとSSH(社会科学と人文学)でも全然違う
- 日本語・・・どうなるかは「まったく不透明」
- 教科書出版の有無は大きい。朝倉書店とオーム社のどっちが潰れそうかは見ればわかる。「見ればわかる」と言っただけで僕は知りませんよ?
- 英語の新聞・雑誌のオンライン流通への移行・・・痛みを伴いつつも進んでいる感じはある。実験しながら、
- 日本語・・・「ただ痛いだけ」。先行き不安。
- 英語の一般書籍・・・日本の10倍以上のマーケットがあるが、電子図書の売り上げは日本より少ない。日本はケータイ配信分も入っているから微妙だが、Kindleなんだかんだはとりあえず騒いでいる状態。
- 日本語の図書・・・ちまちましすぎ。色んな試みはあるが「どうせうまくいかないだろ」とみんな思っている
- 英語・・・色々な試みがある。
- 問題は3つある
- 日本の出版全体はどうなる?
- 大学の教育はどうなる?
- どうしたらいいのか?
日本の出版全体はどうなる?
- 考えられる最悪のシナリオ:
- 日本の出版はもともと長期、低落傾向。インターネット云々と無関係に駄目になる産業なので駄目になる
- 電子出版も潰す動きが強いので、移行の準備も全然進まない
- 印刷出版は崩壊して電子出版は誕生しない。何もなくなる
- 最悪のシナリオだが、もともと駄目なものは駄目だし、かわるものが出てこないならそうなる
- 世界70億人のうち1億人が困るだけなら大したことない? 学術情報は全体の出版が駄目になったらどうせ駄目。
- そんなに心は痛まないが、それほど嬉しくはない。最悪
- そう考える理由を今後説明
- 印刷書籍の出版・流通
- しかしこういう話はずっと前からある!
- では学術の部分は?:NACSIS-ILLの統計(REFORMで行っていた研究成果から)
- ILL・・・海外の最新の学術情報を出来るだけ早く利用したい/全ては買えないので図書館同士で融通しよう、という仕掛け
- 電子ジャーナルのビジネスモデル確立と同期して、洋雑誌のILLのリクエストは減っている。日本の環境は良くなっている
- Elsevierのタイトルを見るといっきにILLが減っている。65,000あった依頼が今は20,000
- しかし日本語文献の流通は増えていた。なんなの、日本? この時期何をやっていた?
- この時期、非常に不健全なことが起きていた。ここ2〜3年は微減しだしているので良かったが、2000-2010の一時、日本語の学術情報流通は不健全化していた
- 看護系の雑誌に対して非常に多くのILL。看護系の協会は会費収入で数億円。数百万円の雑誌を出すことなんてなんでもない。会員は紙で届くので電子化の要望がない。
- 看護系の大学が増えて需要が増えるが、販売に力が入っていなかったので在庫がなく図書館が買えない。看護系の学内の力の弱さもあって、なかなか買えない。
- 日本の古き良き出版流通の象徴的な減少。学術情報でも既存の出版・流通でやるのが自然なような世界。
- CiNiiで利用できるタイトルが増えるとILLは減っている。電子化が進行すればILLは減る。資料は電子化して流通させるしかない
- ここにいる人はそれは当たり前と思っているだろうが、2000年代半ばまで日本の電子化は進んでいなかった
- 電子化のビジネスモデルはないが、基盤となる紙の流通はもう駄目になる。間に合うか?
- 電子的流通のビジネス・モデル
- 新聞社・・・同時アクセス人数価格設定が好き。昔、直接ログインして使っていた時代のことを覚えている? 何十年前のスタイルだ?
- マシンとネットワークの性能さえあれば頒布コストは低減する。印刷の場合は逓減率は低い。そういう理屈を全然考えていない
- 同時ユーザーモデル=絶対に利用させたくない、というスタイル。情報流通が仕事のはずなのに、商売のために「売らない」という、どこかに矛盾がある姿勢。
- そのうえ著作権がどうだこうだ言う。
- 国際的には学術雑誌は儲かるモデルが成立している。日本の場合は、そういう流通を率いて欲しいところが全くそういうモデルを考えない
- もっとも、そういう人たちが悪いわけではない。日本の「電子化」は出版産業が未来永劫続くという、如何にも工学者らしい社会への無邪気な信頼感に基づいている
- 1990年代の電子図書館プロジェクトは既存の図書をdigitizeしていけば電子図書館はできると思っていた。典型的なのは奈良先端科学技術大学院大学の取組み。学内でしか使えないscan imageを大量生産して、結局使っていない。東大出版会の本はほとんどあるはずだが勿体ないったらありゃしない。東大出版会も「他に見せるな」と言ったらしいのでお互いさまだが。
- NACSIS-ELSによって提供されているものも同じような仕組み。印刷媒体の流通、その基礎にある一般図書・雑誌、学術コミュニケーションはそのままいくと思っている。
- NDLの今のスキャンの話やGoogle Booksもそういう意味では同じ。英語出版は生き残れるかも知れないが、日本の出版には将来がないのに無邪気に依存している
- 将来的には大量生産・大量消費の資本主義モデル書籍出版はなくなる
- そうなればビジネスモデルのない電子出版も成立しえない
- 「紙の本は残る」と言い張りたい人は言い張ればいいが、所詮は情報の伝達なので無邪気な工学者がバーチャルにやってしまえばそれでいいし、そんなことはどうでもいい
- 電子的流通のビジネスモデルが必要だが、モデルがない
- これは冗談だが、いっそ電子出版はあきらめて、税金を費やして印刷だけで学術情報流通がどれだけ持つか試してみる? 情報鎖国。
- 新聞社・・・同時アクセス人数価格設定が好き。昔、直接ログインして使っていた時代のことを覚えている? 何十年前のスタイルだ?
日本の大学教育はどう変わるのか?
- 社会と大学の関係の変化
- 少子化の影響・・・すぐ出ている。今の進学率を維持していると、大学はがらがらになる。10年後には収容可能人数より同世代人口が少なくなる
- 学生が足りない・・・海外から呼び込みたい、となる。海外からいい学生を連れてこないと、収容人数減⇒教員減。教員としてはそういうリスクは避けたい
- 入学者選抜の問題。全入時代に選抜とは。
- 大学では学力は保証しない、というのが一般的に。AOや推薦での入学者が多い。
- 入学者選抜が変質せざるを得ない。皆が入れるとなれば、高等教育のミッション自体を考え直さなければならない
- 専門職種との関係
- 一方で教養教育も崩壊著しい。どうなるかわからない
- では大学教育はいったいどう変わるのか?
- 学生のライフスタイル・・・「昔の良い学生のhabitは忘れないといけない」?
- Z世代、digital nativeの行動はよくわからない
- やたらと授業に出てくる。勤勉? 主体性がない? 怖い? よくわからない
- 就職活動も、意欲の程度はわからないがする。
- 進学意欲もないけど、みんなが行くから行く。
- 自分の人生をどう考えているかすら、聞き方すら僕にはわからない。これをどう理解する?
- 教員のライフスタイル・・・
- 大学教員=研究者、は当たり前と思ってきた
- アメリカでは営利大学も成り立っている。キャンパスを持たない/教員を雇わない。教員は全員、時間講師
- 新しいことはいらない、確立した知識だけ教える。研究をし続ける教員はいらない、教員は研究者でなくていい、という形?
- 日本だってその気になれば、本気で非常勤だけでやれば十分儲かるモデルが作れる?
- 儲からなくなったらMBA等の資格に特化させればいい、とコンサルは言うらしい。そうなると、研究しなきゃと思っていた人は何? 過去の遺物? 人類の・・・ヒーロー? 理想? 絶滅種?
- あと10年経つと、30代の教員はみんなdigital native? 今の学生のライフスタイルが持ち込まれるのか、現在の教員が権力を駆使して持ち込ませないのか?
- 学生のライフスタイル・・・「昔の良い学生のhabitは忘れないといけない」?
- 重要なこと・・・学生が自分で勉強するような仕組み?
- しかし今まで日本の大学で学生は勉強してきたのか?
- 伝統的良い学生・・・教科書を全部覚える。創造性、考えるようなことをさせないのが高等教育の入り口から出口
- もうそんなわけにはいかない
- どういう情報資源が利用できるか?
- 新しい情報資源が利用できることが重要・・・出版が生き残って貰わないと困る
- でも出版は残らない。困る
- 今の状況は極めて暗澹たる。と、楽しそうに言うのもどうかと思うが。
- しかし今まで日本の大学で学生は勉強してきたのか?
- 図書館について考えると・・・
- 基本的には、ほとんどいらない
- 本を置いておく図書館はなくなる。一次資料のある図書館はいらない。資料はインターネット上、あるいは3Gのサーバのどこかにあればいい
- 図書館、図書館員は生き残ろうとするだろうが、そこから先は「楽しみ」である(注:テキストだと分かりづらいですが、土屋先生にとって図書館や図書館員が「どうなるか楽しみ」というニュアンスではなく、図書館を残すこと自体が必要性があるわけではない、「楽しみ」あるいは好事家的な話になる、というようなニュアンスでした。)
- 2001年のUvaの実験
- 大量にテキストの入ったPDAを配布して、それだけで授業をやってみた。結果はよくわからない
- やったことは立派。我々もこういうことをやらなければいけないだろう。
- 基本的には、ほとんどいらない
- 大学出版会はどうなる?(日本はちょっとしかないが)
- アメリカ・・・まともな商売をしているところ以外は全部潰れそうになっている。大学の一部なので、上層部が「いらない」と言えば消える。外部評価委員会が必要といった、ライス大学ですら潰された。
- 「教科書印刷は外部委託すればいい」・・・潰される
- 潰されないためには・・・大学図書館の一部になればいい。ミシガン大、ユタ大のような巨大大学でもその方向
- 日本では図書館と出版が嫌い合っているのでたぶん無理
- いずれにせよ、モノグラフはもうデジタルでしか無理
- 小さい出版者は単独ではプラットフォームを維持できないので、共有するような仕組みをやっている
- 図書館でも似たような仕組みをやっている。そのくらいの無駄が許される程度に小さな産業
- 図書館と組まないなら、有料アクセスモデルを作る必要がある
- 規模が必要だが・・・
- 本当に儲ける出版をしない限り、大学出版会はもう無理
- アメリカ・・・まともな商売をしているところ以外は全部潰れそうになっている。大学の一部なので、上層部が「いらない」と言えば消える。外部評価委員会が必要といった、ライス大学ですら潰された。
- Learning Management Systemとの関係
- 今後、急速に普及しそうな雰囲気
- 利用実態は授業資料配布のプラットフォーム。当初の意図であるlearning managementに至っているかはわからない
- interactiveな機能や成績管理をどれだけできているか
- 資料管理は図書館も関与しうるところだが、図書館とITは文化が違うので一緒に仕事をするのが困難。それを克服できたところは上手くいく
- 学生が勉強するような大学のためには資料がいる、そのためには出版がいるが出版は維持できない、どうする
実現しなければいけないことは何か?
- Joshua Kimの「考えられる制約」より
- 権利処理:なんだかんだ言って著作権は維持される。利用者としてはあって欲しくないが著者としては残って貰わないと困る。
- この方法を見出さないと、電子書籍がいくらできても教育の中では利用できない。
- 柔軟なプラットフォーム:KindleだろうがiPadだろうがPCだろうが紙だろうが、媒体に関わらず利用できる可能性
- Kindleにくぎ付け、とか言うのでは一部の学生・教員が反乱するかも
- 柔軟な価格モデル:トータルで仕組みを維持するお金が入ればいい
- 個人課金、機関課金、パッケージ等への柔軟な対応
- 既存資料との統合:紙、マイクロフィッシュ等の今までにあるものとどう接続するか
- 網羅性:ともかく今ある全てが利用できないといけない
- 過去の上にしか発展はない。今まであるものすべてが利用できることは何が何でも重要
- 「この授業がしたいからこれだけ」というのはやめないといけない
- その他:メモとかそんな機能はいるのか?
- ~Appsとかはどうなのか?
- 部分利用の権利処理〜流通の保障は?
- 権利処理:なんだかんだ言って著作権は維持される。利用者としてはあって欲しくないが著者としては残って貰わないと困る。
その他はどうでもいいが、他の部分をどうにかできないと大学教育と出版産業の未来はない!
質疑
- Q: 今日の講演は高等教育の話だったが、最後の話もあくまで高等教育に関係する話?
- A: 大学。出版社側としては囲い込むようなモデルも考えられる。産業のためには競争して欲しいが、大学にはそういうこと関係なしに全部見られるようにして欲しい。作ってくれないなら、コンバージョンのようなことはこっちでやるからなんでも使えるようにしないとまずい、という。なので、最後の話は大学の要望。
- Q: コンテンツの部分利用等、授業をやっている身にはよくわかる。
- A: はい。医学部の先生が今、苦労しているのは写真や図の権利処理。権利処理の手紙を出版社に送っても返事がない、とかいうのをどうするか。この話は大学の中ではこうしたい、という話。10倍以上の規模がある一般マーケットで儲けるにはどうやってもいい。
電子書籍とデジタル読書(植村八潮さん、東京電機大学出版局長)
はじめに
電子書籍端末の歴史
- 情報流通量の増大
- 複製技術と伝達方法によって出版が変化する
- デジタル複製とクリック1つで世界的に流通できるこの時代、出版が変わらないわけがない
- その変化があまりにも早い。昔の活字職人はそれで一生食べられたが、今のエンジニアは若いころに身についた技術だけでは生きていけない
- 出版の電子化
- インフラの変化
- 製作:鉛活字⇒何億円のコンピュータ⇒100万円のDTP⇒10万円レベルで出来る
- 流通
- コンテンツの電子化
- 媒体の変化:digital dataとしての流通
- 表示装置の変化:紙⇒ディスプレイ。これは決定的なハンディ。電力が要るし紙の視認性を当面超えそうにない。私が文字を読むような間はないだろう。
- インフラの変化
- 本のデジタル化
- 電子書籍端末の歴史
- 1990年代からあった。「浮沈」と言いつつ、沈みっぱなし
- 過去、何度もあった「2年目の来ない元年」。ほぼ毎年来る。
- 過去の端末を積み上げると薄くなってきたことはわかる。
- 印刷書籍のディスプレイ読みに未来があるのか?
- 今の電子書籍ブームとは何か?
- マスコミが騒ぐ「電子書籍元年」・・・文字中心コンテンツ。せいぜい人社、社会科学系で図表のないものは射程に入るが、自然科学は入らない
- 日本は書店で雑誌を売る、かつ売り上げの多くをコミックが占める。たった一晩で少年ジャンプを全国に運べた、そのトラックがお金を叩き出した
- かつても、今も、マンガの流通の上に本の流通は成り立っている。日本では本だけの流通は成り立たない。マンガのお金が入らなければ教科書も専門書も出ない。そういう構造。
- 「学生がマンガを読むから先生の専門書が出せる」という構造
- 日本の電子書籍はマンガばかり、という批判は間違い。マンガがキラーコンテンツ。
- 10代ではケータイでマンガを読むのが一般化。見開きでは読めない人も?
- 電子辞書の成功。紙の辞書・事典は小さくなっていく?
- 電子辞書だと特定のものしか買えない、というものはある。ネットで多様化する、というのは幻想。辞書は今や国語辞典は岩波の広辞苑に限定されてしまう
- 今後、5年で紙の辞書はなくなってしまうかも。
- しかし紙の辞書は300億円市場だったのが、今や電子と合わせて600億円市場なので「成功」とも捉えられる
- 地図・・・紙をスキャニングしてたようなところは失敗、潰れる
- デジタルデータに位置情報をつけるなど、紙に出来なかったことをしたゼンリンが生き残った
- 日本は書店で雑誌を売る、かつ売り上げの多くをコミックが占める。たった一晩で少年ジャンプを全国に運べた、そのトラックがお金を叩き出した
- マスコミが騒ぐ「電子書籍元年」・・・文字中心コンテンツ。せいぜい人社、社会科学系で図表のないものは射程に入るが、自然科学は入らない
- 今の電子書籍ブームでは極めて限定的な部分しか扱えない
- 文字だけしかないコンテンツはアイテム数ではごく一部。それが騒がれ過ぎではないか?
- ブームは実体がないからブーム。実ビジネスがない。だから何度も元年が来る。
- 日本の電子書籍市場は米国以上
- 文字情報流通の主役交代
- 紙の外側にデータベース、電子ジャーナル、eラーニング
- さらにその外にBlog、SNS、Twitter等の膨大な文字情報流通。若者は文字離れどころか文字構造の中にいる
- 1日に1番メールを書く学生は「200通/日」。膨大な文字情報を書いている
- 会話そのものなので論理的文章にはなっていない、論理を伝えるのは苦手だが、大量の文字を読み、大量の文字を書いている
- この1週間で読んだ文字を数えたとき、その文字はディスプレイと紙、どっちが多い?
- 会場・・・ディスプレイが圧倒的
- 出版界は膨大な文字情報をビジネスにできていない。魔法のiらんどのような新しいことができる人たちはそれをビジネスに出来た
- 旧弊な出版人は品質とか考えるので「あんなの小説ではない」というようなことを言う
- 電子書籍は普及するのか?
- 今後20年で、出版物の70%が電子形態のみになると思うか?・・・思わない、が多数
- 「20年後の出版をどう定義するか」の問題。今だってケータイ小説を数えれば120万タイトルがボーン・デジタル。
- 紙の本をベースとした、紙の本による権威付けや手続きを取ろうとしている間は70%にはいかない。端からビジネス、となれば達成される
- いわゆるジャーナルにおいても伝統的な査読等の部分はいじらないでやっている。
- 今後20年で、出版物の70%が電子形態のみになると思うか?・・・思わない、が多数
- iPad
- 出版界的には難しい? iPadで面白いのはマルチメディアコンテンツ。それは出版界よりもゲーム業界、ソフトウェアベンダ等、技術者を中に抱えているところの方が強い
- コストはかかるのでハイリスク・ハイリターン
- 出版界的には難しい? iPadで面白いのはマルチメディアコンテンツ。それは出版界よりもゲーム業界、ソフトウェアベンダ等、技術者を中に抱えているところの方が強い
- 「キャズム」を超えられるか?
- 技術オタクは騒ぐ。早く買って目立ちたいだけ。人前、電車の中で読む。KindleとかiPadとかを買って、帰りの電車で読む。それで注目されればもとが取れた気になる
- iPad買った日に山手線を4周したと言う人も
- 新しい技術で他人を出しぬきたいだけ。最初にやればなんとかなる
- 電子手帳を使っていた人も、紙の手帳に戻っただろう。PDAを使った人も、紙に戻ったろう。スマートphoneでやっと超えられた?
- ケータイを良く使う学生も「会話はしない」という人はいる。電話じゃない、コミュニケーションツール。
- 移動電話だったらこんな巨大市場は作らない
- Kindleは超えられなさそう、iPadは何か巨大なものを作ってくれるかも?
- 技術オタクは騒ぐ。早く買って目立ちたいだけ。人前、電車の中で読む。KindleとかiPadとかを買って、帰りの電車で読む。それで注目されればもとが取れた気になる
電子出版をめぐる課題
- 出版コンテンツンのインフラ
- Amazon, Apple, Googleにアメリカ出版社が対抗できるのは巨大メディアコングロマリットだから
- 本だけじゃなく映画も音楽も、軍事産業や酒販すらやる
- 日本・・・小規模のものが多数ある。それは日本のいいところでもある。
- Amazonで買った本の売り上げは全てアメリカで立つ。その事業法人税は日本に入ってこない。新たな産業の空洞化
- 日本の著者の日本の倉庫にある本を日本で配送したのに日本に売上入らなくていいのか?
- とはいっても楽天ブックスじゃ買わないけど、それでいいのか?
- 日本の著者の日本の倉庫にある本を日本で配送したのに日本に売上入らなくていいのか?
- Apple store・・・ちょっと裸があれば駄目、暴力も駄目。ヤンジャン系やヤンマガ系はリジェクトされる
- 国家がやれば検閲になるようなことをやっている
- 電力、ガス、水、通信や放送も公共が担っているのに、情報基盤は海外企業任せでいい?
- 「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」
電子出版の標準化活動
デジタル時代における出版社の役割
- 「本」の何に読者はお金を払う?
- 「所有」にしかお金が取れないんじゃないか?
- 楽天で一番安いワインは紙パックの280円。同じノーブランドでもビンに入ったら1280円。でも1280円の方を買う。
- 箱に入れるとさらに高い、贈答用。パッケージにお金を払っている。
- さらに高くするにはサービス化する。頼んでもいないのにソムリエのおっさんが横に立つと3倍になったり。
- 新聞社は「ニュースを売っている」というが、ニュースは売っていない。パッケージにして家に届くまでのサービスを売っている。スタンドで買った方が安くてもパジャマで家で読みたい。
- 教育ソリューションはそういう風にお金を取る。1600円のCD-ROMで出来る内容を、通信教育にして6カ月に分けると6万円。もっとお金を取りたいなら大学を立てるとトータルで100万円くらい取れる。
- 出版流通インフラ
- 読者が本を買う⇒書店⇒取次⇒出版社⇒読者、というサイクルは読者が本を買うからお金が入っている
- 図書館はそれをアーカイブ。「知る権利」を保障している、かつてにおいては。滅びるかも知れないが。
- NDLのデジタルアーカイブ・・・
- 情報流通も出来るからやろうとする、そうすると価格も無料に向かっていく
- 製作サイクルも壊れないか?
- 「国家のお金でやればいい」は暴論。大多数の書籍はこれまで私たちのお金で動いてきた、それを公共基盤として作るべき
- 情報流通も出来るからやろうとする、そうすると価格も無料に向かっていく
- 紙媒体VS電子媒体
質疑
- Q(土屋先生): おっしゃることには賛成の部分も多いが。コンテンツ流通のインフラを国とか公的というのが、全体の話と平仄が合わない気がする。法人税がアメリカに行っちゃうのは我々が馬鹿だったからで、だからって国がやるってモデルなの? どうしてそうなるのかわからない。国立国会図書館が出てこないで、というのは賛成なのだが。
- A: 国立国会図書館のやり方はなしではないと思うが、お金を取れるとは思えない。
- Q: NDLはアーカイブでいてくれればいいので、出版社がビジネスを回してほしい。国や公的なものが出てくるのは余計な雑音に過ぎないのでは? 2番目は、最後のスライドで、新聞や雑誌の信頼性は、新聞・雑誌が情報流通のある部分を独占していた、それは資本主義の論理によって可能だった。たくさん作って儲けられる人が情報を独占していただけで、それは高等教育も同じ。日本の場合は国立大学と非常に賢い私立学校法人がコントロールしている。そういうところに期待するなら、なんで国や公的に首を突っ込むの?
- A: 言論表現に携わらない形でtax payerの税金を使うというのはありではないか。日本でコンピュータ産業が成立したのは国の行政指導がIBMを排除して進めたから。
- Q: それで海外に売れないスパコン作ってない?
- Q: でもガラパゴスだけでは広がらない、カリフォルニアロールのようになってしまっている。税金は所得の再配分に過ぎない・・・<メモしきれず>
- A: これから全く新しい若い人が電子書籍を出来るようになっているか。紙の時代にはあった。
- Q: ただ、植村さんが来る前に話したのだが、出版不況はコンピュータとは関係がなく出てきた。ネットワークと無関係に日本の出版産業は、いいところもあるかも知れないが駄目になることを必然的に運命づけられていた。もし可能なら電子出版で全く新しいことをしないといけない。
- A: ケータイ小説のようなものがどう入ってこられるか。あれを排斥しているような出版社はなくなっていいと思っているし、チャレンジできないものは滅びる。それを止めようとは思わないが、今までやってきた人間として、新しいタレントやアイディアが入れる仕組みは努力によって作るのではないか。
- Q: 若い人の努力で作ればいい。
- A: うーん、僕はオープンなものを作り上げてあとは使って、というところで放りあげたい。そこに権利を主張する人はいないから、と。それを作るのにボランティアやお金がいるなら、小さなレイヤーで無料のものを放り投げられないかな、と考えている。
- Q: 「大学出版」という植村さんの原稿を読んで、信頼性の問題について書かれていた。疑問なのだが、出版と言う課程を経たものが信頼性が高い、というのは続く? 日本の出版社はどんどん馬鹿になっているように感じるが。
- A: もともと、結果的に信頼できたということで、それをいつまでも自分たちの方が信頼できると思いこむのは馬鹿だと思う。
-
- A: 誰かが「やめる」と言いだしたらやめられてしまうようなものではよくない。そうはならないものを。
- Q(土屋先生): でもライス大学は・・・
- A: あれはアメリカが大学に依存しているから。
- Q: いくら合理的に権威や信頼だ、と言ったって誰かが「やめる」と言ったらやめるしかない。どんなシステムだってそれはそう。確固たるものを作ろう、ということ自体が無謀。
- Q: 今のインターネットの状況はそう。誰にも依存しないで、実際はあるけど、やっている。ほどほどの信頼性で。今までの活字の文化にだって絶対の信頼性はない。僕は百科事典を書くときには新説を書くようにしていて、そういうことをやっている人もいる。今までだってほどほどの信頼性とほどほどの権威じゃないの?
- A: 僕はネットの中での信頼性は伝統的なシステムに依存していて、それは自立していない。ネットの中だけで信頼性が確立しているところはある?
- Q: 電子投稿システムから読むところまで英語になっているものもある。
- A: あれは上手くいっているのか? いま生きている人は紙の本が大好きで、先生たちは紙にしてね、と言いだす。
- Q: それはだんだん減っていて、言いだしたのが早すぎるだけでは。・・・
休憩タイム
iPadにみる電子書籍グローバル先進事例(林信行さん、ジャーナリスト/[twitter:@nobi])
- iPhone, iPod touch, iPad合計で1億2千万台販売、アプリは60億本以上ダウンロードされている
- iPhoneとラップトップPCの間に入るものがあるのではないか、というジョブスの提案
- もう一つの読書端末・・・iPhone
デモ
- 色々実現
- 大辞林アプリを出した「物書堂」
- 社員2人、12本のアプリ、年間6億円の売り上げ
- iPhone最大の問題・・・画面が小さい
- そこでiPad?
- 「ただのでかいiPod touch」⇔「大きさが違えば体験は違う」
デモ part.2
- iPadは書籍以上に雑誌で注目を集める
- 画面が綺麗・カラーなので広告主が「ここなら出していい」と考えるように
- 動画を貼れるので、TVCMをそのまま埋め込むことが可能
- TIME最初の8号は1スポットで200,000ドルの広告費
- 広告のクリック率もBlack berry等に比べて高い
- iAd広告サービスは1出稿で1億円レベル
- 画面が綺麗・カラーなので広告主が「ここなら出していい」と考えるように
- 追加課金
- 定期課金/コンテンツ課金
- ブランドが出版社の雑誌に広告を出すのではなく、自ら広告雑誌を出すように
- 自社アプリのアイコンをiPad上に出したい?
ここで電源切れorz
本当はこの後、林さんのお話がさらに続き、また日立製作所中央研究所の方々による最新技術に関するご発表もあってそちらも面白かったのですが・・・ごめんなさい、ノートPCの電源が持ちませんでした(汗)
そして林さんのデモや具体例は大変面白かったのですが、「その面白さはきっとテキストじゃ伝わらない・・・!」と一人身もだえたり。
マルチメディアの面白さをテキストで伝えられたら小説家かルポライターになりますがな、とか。
いやライター食べていけないらしいのでやっぱ嫌かな*3。でも研究者も食べていけるやらいけないやら。
土屋先生と植村さんのお話が真っ向から噛み合ったのが、今回参加していて一番面白いと感じたところです。
植村さんは電子書籍の時代にあっても日本の出版業界の良いところは残したい、「机と電話があれば出版社ができる」というところを残すためには公共基盤を・・・という方向の話をされていて。
一方の土屋先生は、そもそも電子系の話が出てきたから日本の出版業界が駄目になったのではなく、最初からもう駄目な業界なのだから電子書籍で別のビジネスモデルを考えないと駄目だ、という。
そのビジネスモデルの例としては林さんが豊富な具体例をご紹介されていたわけですが、他方、今度は大学教育との兼ね合いという面で考えると、コンテンツごとにアプリがばらばらになっていていっしょくたに使える状況にはなっていない、というのでも困ると言う。
御三方それぞれの話が噛み合っているので、この後でパネル・・・という流れであればさらに盛り上がること必至の展開だったなあ、とも思いました。
今成功しそうな電子書籍のビジネスモデルは巨大企業が資金力でやるか、林さんが複数紹介されていたiPhoneアプリの幾つかのような、少人数・小規模でも工夫によって成り立たせるかという感じなようであり。
前者は小さいところ、プラットフォームを作れないところでも参入できるような出版の基盤は残したい、という植村さんには許容しがたく。
でも後者は全部を見られるように、という高等教育に必要とされた制約をクリアできていない。
じゃあどうするかと言うところでの公共基盤という話ですが、そこは土屋先生は国の介入は余計なことなんじゃないか、という・・・*4。
そしてこれだけ電子化の話を聞いていて思うのは、現実の書籍流通って色々いたらないところもあるど、読んだり管理したり売ったり買ったりするアプリは、「現実」あるいは「物理空間」一つあれば良かったわけで*5、楽っちゃあ楽なんだなあ、とかなんとか。
林さんが一生懸命、アプリ検索されているところを見てつくづくそう思いました。
電源の関係でメモは出来ていないのですが、前半の司会をされていた千葉大の全炳東先生から、閉会時に「2〜3年後にもまたこういうテーマでやって、『あの時の話はどうなったんだ』ということをフォローしてほしい」というご挨拶があったのですが、本当そう思います。
今年もまた「1年目しかない電子書籍元年」で終わるのかどうか等も含めて、今後もぜひぜひ続けてやって欲しいお話だな、と*6。
*1:http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/genjyoukadai/syuppan200307.pdf
*2:この点は必要な単位数が少ない司書課程はもっとなんですが、まあ資格がなくても図書館員になれるルートはたくさんあるので教員に比べれば不当な差別ではないかもですね。通信教育もあるし。
*3:某イベント記録より:
*4:ところで自分、肝心のところを聞き逃したようなのですが、植村さんのお話の流れだと「公共基盤」と言いつつも国ではない、という話なので、要は今の出版界のような国家が管理・維持しているわけではない公共空間ってことなのかと思うのですが、それを電子書籍の環境で実現するってどうやるのでしょうか・・・そこで三省懇談会で、考える段階では国も間に入るけど、後々はまた別に、ということなのでしょうか? むう
*6:同様の主旨でのイベントは最近、凄いたくさんあるかとも思いますが、継続的にやっているところというとどこだっけ・・・? となる気もするので