かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

研究における「面白さ」


先日、後輩の卒業研究の中間発表会を見に行ったときのこと。
とある先生がある発表者の質疑応答で「じゃあ何か面白い話してよ」という質問(?)をしていて、一瞬「飲み会の無茶ぶりかよ!」*1と思ったものの、ちょっと考えるとかなり的確で親切な質問だな(それが伝わるかはともかく)、と気付いた。


自分の研究のどこが面白いのかがわかっているということは、過去の膨大な科学研究の蓄積の中での自分の研究の位置づけがわかっているということで。
「そこを話せ」と言う事はそのまま自分の研究の位置づけを説明することなので、そのことに気が付ければ(卒研の中間発表会と言う緊張感を強いられる場で気付くのは難しすぎると思うけど)かなり答えやすいし、うまく答えられればポイントが高いな(そもそも発表中でその「面白さ」が伝えられていなかったのなら再チャンスが得られる)、とかなんとか。


物凄く乱暴に言ってしまうと、研究の「面白さ」って


1.対象も結果も誰にも言われていない新しいこと
2.ある対象についてこれまで言われてきたことと異なる結果が出たこと
3.ある対象についてこれまで言われてきたことが、(意外な/あるいはそうでもない)別の対象でもあてはまること


の3パターンくらいがあって、これを表にすると

対象 結果
面白さ1 新しい 新しい
面白さ2 新しくない 新しい
面白さ3 新しい 新しくない
面白くない 新しくない 新しくない


みたいな感じになるんじゃないかと思う(あくまで自分の考えだけど)。
対象と結果、いずれかまたは双方に新しさがあればそこが「面白さ」で、どっちにも目新しい何かがなければそれはつまらない(再現性の確認と言う点で無意味とは言わないけど面白くはない)、ってことになるんじゃないかと。
「そんなことはもうわかってるよ」みたいな。


で、ここで重要なのは「面白さ」を上のようなものとして考えれば、自分の研究のどこが面白いのかを知るためには自分の研究のどこが「新しい」のかを知ることが必要で、つまりは「すでにわかっていることは何か」をきちんと理解していないと研究の面白さがわからない、あるいは面白さを高く見積もりすぎる、と言うこと(もちろん新しさ抜きで面白いことってのもあるんだけどまあそこは今は目をつぶる感じで)。
その分野を専門にしている人がなんかのデータとかを見て熱狂している*2横で全く専門でない人が「?」って首を捻ってる、って時はまさに前提になる知識がないと面白さが伝わらないって例だし。
自分も含めて学生とかが箸が転げても面白がっているのに年代が上の先生方が「最近面白い研究がない」って言ってたりするのは、(実際にそうかはともかく)経験が長くなると知ってることも増えてきて「新しい」と捉えられるものが減る(逆に経験が浅いと実は既知のものを知らないで「新しい」と捉えてしまいうる、自戒も込めて)ってこともあるのかも知れない*3


正しくその研究の「面白さ」を理解するには過去の関連しうる研究を出来るだけ網羅的に理解して、それと自分の研究結果のどこが違うかを把握していることが必要で。
それって結局自分の研究が関連研究の中でどう位置づけられるかを理解していると言うことなので、自分の研究の「面白いところ」を説明できるってのは研究をする上でかなり重要だよなー、とか。


もちろん実際には一つの研究の中でも複数パターンの「面白さ」が出てくることも多々あるはずなので、そこら辺を考え出すと研究の位置づけの理解ったってそう簡単じゃないと思うけど・・・
どの関連研究の中に位置づけるかの取り方だっていろいろあると思うし、そういう異なる文脈での捉え方を知ることが出来るのが異分野の人と触れ合う楽しさでもあったり。

*1:よく後輩にやります

*2:ただの数字の羅列でも色々わかってから見ると面白くなるんだ、これが。

*3:あくまで「かも知れない」ね。前者はともかく後者については本当に面白い研究が多い/少ないのかも知れないし