かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

オープンアクセスは経済的?:『情報管理』に論文が掲載されました


9月中は3本しかエントリをアップしていないうちに、もう10月も3日目ですか・・・月の経つのは早い(汗)
さて、エントリを書こう、書こうと思っているうちに公開から3日がたってしまいましたが、『情報管理』誌に拙論文が掲載されました!

オープンアクセス出版は費用・便益とも購読出版より優れているか? JISC報告書『代替学術出版モデルの経済的影響:費用と便益調査』の意義と問題点

2009年1月,英国情報システム合同委員会(JISC)が『代替学術出版モデルの経済的影響:費用と便益調査』(『EI-ASPM』)と題した報告書を発表した。これはオープンアクセス雑誌,機関リポジトリ等のオープンアクセス出版の費用と便益が従来の購読出版モデルよりも優れているとするものである。本稿では『EI-ASPM』作成の背景と報告書の概要,発表後の議論の展開を紹介するとともに,『EI-ASPM』の意義と問題点を検討した。『EI- ASPM』は出版モデルの費用と便益を検討する枠組を提供した一方,分析結果は多くの仮定に基づいており,その内容をもとに政策提言を行うには慎重な取り扱いを要する。


論文本体は上記リンク先より、フリーでお読みいただくことができます。
内容について簡単に紹介すると、上の抄録にもありますが、この論文は2009年にイギリスのJISCが発表した"Economic implications of alternative scholarly publishing models: Exploring the costs and benefits"という報告書の概要・発表後の反響の紹介と、その内容についての自分の見解を示したものです。


この報告書は、

  • 従来型の、読者から購読費用を取って出版する購読出版
  • 著者から出版費用を取る、オープンアクセス雑誌
  • 機関リポジトリ等のセルフアーカイビングに、査読等を行うオーバーレイサービスを付け加えたもの

という3つの学術出版のモデルについて、世の中の論文が全てそのモデルで出版されるようになったと仮定して、イギリスにおけるそれぞれにかかる費用(研究者・編集者が費やす時間×時給)と便益(論文がOAで利用できることによって節約できる研究者・編集者の時間×時給)を比較する、というものです。
結論として、費用面については、電子版のみの出版ならそれぞれ、

  • 購読出版:1論文あたり2,337ポンド
  • OA雑誌:1,524ポンド
  • セルフアーカイビング+オーバーレイサービス:1,260ポンド

と計算しており、費用面で2つのOA出版モデルは優れている、としています。
「OAにしたって、論文の査読者探しや版面の編集にかかる時間は変わらないはずなのに、なんでコストが下がるんだ・・・?」という疑問が湧くところですが、理由としては

  • OAモデルはマーケティングにかかる費用が安くなる
  • アクセストラブル対応がなくなるのでヘルプデスクの費用が少なくなる
  • 研究者が論文を探索する時間等が節約できる(購読雑誌なのでアクセスできない、ということがなくなる)ので、

等を挙げています。
さらに、便益面でもアクセシビリティや効率性の向上から、OAには1億7200万ポンドの便益がある、と結論付けています。


これだけ読むと「オープンアクセスモデルすげぇー」となるのですが、この内容には批判の声も数多くあがっており。
最も活発に批判を行っているのはALPSP、STM、The Publisher Associationの学術出版者による団体で、3団体共同で公開質問を行っています。


この中での批判点はいくつもあるのですが、主な点としては

  • 報告書中の費用削減は「全ての出版物がOAになった場合」の話で、イギリス1国がOAを取り入れたからといってそうなるわけではない(のに、その点を報告書中でははっきり示していない)
  • OAによって節約できる時間を過大に見積もり過ぎている
    • 研究者が、購読モデルのために論文探索等に余計にかけている時間を過大に見積もり過ぎている。各研究者は必要な論文は購読モデル下でも読めているはず
  • なぜマーケティングの費用がOAで安くなるのか?

などなど。


その他、自分の論文中では肯定派/否定派の見解をまとめて紹介しています。
それらに目を通したうえであらためて元のJISC報告書を読んだ結果としての自分の見解としては、「自分はオープンアクセス支持派だしそれを推進することには賛成する。また、JISCの今回の取組自体は意欲的なものとして評価する。ただし、今回の報告書中の数字は多くの仮定によったものでそれに則って政策推進できるようなものになっていない(はっきり言って数字が怪しい)。にもかかわらず、現在同報告書を使って政策推進活動しようとしているJISCの態度は問題あり(不誠実)」というところ。


まず報告書の問題ですが、OAによってどれだけ費用(研究者や編集者の時間)が下がるか、という数字のいくつか(というかいくつも)が著者が「このくらいでは」と見積もった値に基づいていて、根拠がありません。
この点をつつかれたJISCは「先行研究の成果等に基づいて数字は設定している」と主張していますし、実際、いくつかの数字は根拠となる論文が示されてもいるのですが、一方でそれがない論文も多いです("根拠:著者の見積もり"とか書いてたり。それ根拠じゃない)。
「出版にかかる費用はその費用の負担方法に関わらず同様のはず」という出版者団体の批判の方がまだ、説得力があります。


また、セルフアーカイブ+オーバーレイサービス、というのはまだ「そういうやり方もありうる」といわれ、幾つか事例が出始めてきたかも・・・といったレベルの話で、現段階では他の学術出版になり代われるモデルなのか未知数ですし、そもそもどんな費用がかかるのかもよくわかっていません。
それを既存のモデルの土俵で比べて「かかる費用が少ない!」ということにどの程度、現実味があるのか・・・そもそもこのモデル比較する意味あったのか、セルフアーカイビングだけでオーバーレイはせず、査読・出版プロセスは既存の出版の枠組み内でやった場合の検討もしているので、そっちだけで十分だったんじゃないか、という疑問も。


あと最大の問題点は、「全ての論文がオープンアクセスになった場合」という仮定と、「イギリスの学術出版の費用と便益」の検討である、という点。
世界最大の論文生産国であるアメリカと、論文生産数は飛躍的に伸びつつ国内雑誌は未成長という歪みを抱えた第2位国家である中国のケースを検討しないで、オープンアクセスの費用と便益を計算してもあまり意味がない・・・というかイギリスや西欧各国だけが得になっても米中が得にならないならその論理ではOAが進まないし、そうなると世界の論文のほとんどはOAにならないので西欧も得しないのでは、っていう。


そんなこんなで、プロジェクト自体は意欲的なんだけど結果はまだ検討段階の代物で、それをevidenceのように使って色々進めようとするのはおかしい、まずは報告書で出された数字を批判的に検討してみたり、より枠を広げて・・・というか世界版を実施してみるのが先じゃないか、というのが自分の考えでした。
その他、詳細については上記論文を閲覧いただければ幸いです。




今月はこの後、10/9-10と第58回日本図書館情報学会研究大会に参加してきます。


10/10には第3会場で「CiNii-機関リポジトリ連携の有効性の検証」と題した発表も行う予定です。
北海道開催なので本州の方は発表者以外、なかなか参加しづらいかも知れませんが・・・会場にいらっしゃる方は、お声かけいただければ幸いですっ。
さて、発表練習せにゃあ・・・・・・・・・