かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「アメリカの大学図書館は日本のマンガをあまり所蔵していない!」⇒でも日本の大学図書館はもっと所蔵していない


最近、『The Journal of Academic Librarianship』というアメリカの大学図書館関係の学術雑誌に、面白い論文が載っていました。

  • Masuchika, Glenn; Boldt, Gail. Japanese manga in translation and American graphic novels: a preliminary examination of the collections in 44 academic libraries. The Journal of Academic Librarianship. 2010, http://dx.doi.org/10.1016/j.acalib.2010.08.007
abstract

American graphic novels are increasingly recognized as high-quality literature and an interesting genre for academic study. Graphic novels of Japan, called manga, have established a strong foothold in American culture. This preliminary survey of 44 United States university libraries demonstrates that Japanese manga in translation are consistently collected at a lower rate than American graphic novels.

アブストラクト試訳

アメリカのグラフィックノベル*1は質の高い文献かつ興味深い学術研究のジャンルとして認識されるようになってきている。マンガと呼ばれる日本のグラフィックノベルアメリカ文化の中に強固に根付いている。本研究では44のアメリカの大学図書館を対象に予備的調査を実施し、英語訳された日本のマンガ(日本で出版されたマンガの英語訳)は、依然としてアメリカの(最初からアメリカで出版された)グラフィックのベルよりも低い割合でしか所蔵されていないことを明らかにする。


日本でも最近は明治大学米沢嘉博記念図書館あるいはそこから発展した東京国際マンガ図書館構想とか、京都精華大学も関わっている京都国際マンガミュージアムとか、大学・大学図書館で研究資料としてマンガを収集する試みは出てきていますが。
大学図書館一般が所蔵すべき資料としてのマンガに対する認識、というのはまだ全然広まっていない段階なのではないかと思います。
そこでアメリカの大学図書館で日本のマンガの所蔵が話題になる、ってのは・・・そして学術雑誌にその調査結果がのっている、ってのはなかなか興味深いです。


背景としては2008年時点でアメリカのグラフィックノベル市場において、出版点数では55%、販売規模でも44%は日本のマンガが占めていた、ということもあるそうで*2
そのくせLibrary Journal誌*3はじめ商業的なグラフィックノベルのレビューでは日本のマンガは全然上位に入ってこず、西洋視点のバイアスがかかっているのではないか、そしてそのバイアスが大学図書館にもあるのではないか、との問題意識があるそうです。


そこで抄録にもある44の大学図書館を対象に、マンガとグラフィックノベルの所蔵状況を調査した、ということだそうで。
調査対象とするマンガとグラフィックノベルは、それぞれ2007-2008年に発表された複数の「ベストオブ○○(マンガorグラフィックノベル)」リスト中に重複してあらわれているタイトルとし、マンガは17点、グラフィックノベルは12点が実際の調査対象になったとのこと*4
調査対象館は、

    • 伝統的にアジア系の多い地域である西海岸沿いから12館
    • 日本研究の著名なプログラムのある大学の図書館12館
    • 日本研究を専攻している大学院生の割合が多い大学の図書館8館
    • 中西部の大学図書館12館

の計44館。
前3つのグループはそれぞれ日本関係の人が多かったり日本研究をしているからマンガの所蔵も多いのではないかと考えられるためで、最後の中西部は比較対象ですね。


調査の結果は抄録にもある通り。
そもそもグラフィックノベル・マンガの所蔵自体、そう多くはないのですが、それでもグラフィックノベルは最も少ないタイトルでも7/44館、多いもので28館、だいたい10〜20館くらいは所蔵があるのに対し、マンガは少ないものは1館も所蔵がなく、多いものでも14館、だいたいのタイトルは5館以下の所蔵しかない、という結果でした。
やはりグラフィックノベルに比べると日本のマンガは研究資料としての認識がアメリカの大学図書館の間で広まっていないのではないか、というのが著者らの考察で、しかしアメリカにおけるマンガやアニメに関する研究の状況を考えれば、マンガを大学図書館のコレクションとして位置づけ、予算措置も行っていくべき、というのが結論です。


・・・と、まあ、こう見ると凄い綺麗におさまっているのですが。
一方で、非常に気になる点として・・・この調査対象になったマンガのリスト、ちょっと通好みじゃないか??(汗)


ちなみに論文中で調査対象に取り上げられたマンガの日本語版(シリーズものは1巻)は以下の通り。


夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)


地球へ… 1 (Gファンタジーコミックススーパー)

地球へ… 1 (Gファンタジーコミックススーパー)


ゴン (1) (ワイドKCモーニング (129))

ゴン (1) (ワイドKCモーニング (129))


寄生獣(完全版)(1) (KCデラックス)

寄生獣(完全版)(1) (KCデラックス)


鉄コン筋クリート (1) (Big spirits comics special)

鉄コン筋クリート (1) (Big spirits comics special)


多重人格探偵サイコ (1) (角川コミックス・エース)

多重人格探偵サイコ (1) (角川コミックス・エース)


サプリ (1) (FC (335))

サプリ (1) (FC (335))



赤色エレジー (小学館文庫)

赤色エレジー (小学館文庫)


ブラック・ジャック 1 (少年チャンピオン・コミックス)

ブラック・ジャック 1 (少年チャンピオン・コミックス)


失踪日記

失踪日記


ショーが跳ねたら逢いましょう (マーブルコミックス)

ショーが跳ねたら逢いましょう (マーブルコミックス)


リアル 1 (Young jump comics)

リアル 1 (Young jump comics)


高校デビュー 1 (マーガレットコミックス)

高校デビュー 1 (マーガレットコミックス)


FAIRY TAIL(1) (講談社コミックス)

FAIRY TAIL(1) (講談社コミックス)


GANTZ 1 (ヤングジャンプコミックス)

GANTZ 1 (ヤングジャンプコミックス)


Yokaiden 1

Yokaiden 1



最後の『Yokaiden』は、そもそも画風もマンガっぽいし作者も日本人っぽいですが、最初からアメリカで出版されている本なので「日本のマンガ」としてリストに入っているのは著者らの間違いですね(汗)
その他のタイトルも、納得のメジャータイトルもあれば自分も詳しくは知らないものもあったり・・・日本のマンガの英語訳版の「ベストオブ」リストは見つけるのが難しかった、という話が論文中にありましたが、その結果が如実に反映されているのか、それとも日米で話題作の傾向がちょっと異なる??
単純にそのランキングと日本の「このマンガがすごい!」とか比べてみても面白そうですが、まあそれはさておき・・・うーん、これ日本の大学図書館だとどうなんだろう?


ってことで、試しに日本の大学図書館の所蔵をNACSIS-CAT*5で調べてみた結果と、アメリカの44大学図書館の結果を比較してみた表が以下の通り(アメリカでの所蔵が多い順に降順)。
なお日本の所蔵については複数の版がある場合や書誌が別れて存在していた場合は合算です。
ただし『ブラックジャック』は版多すぎて涙目なので一部のみ。多いのわかっているし。

表. 日米のマンガ所蔵状況の比較
タイトル アメリカの所蔵 日本の所蔵
赤色エレジー 14 0
夕凪の街 桜の国 12 130
ブラック・ジャック 10 55以上
地球へ... 8 2
鉄コン筋クリート 5 4
ゴン 4 0
寄生獣 4 7
多重人格探偵サイコ 3 0
失踪日記 3 55
リアル 3 28
サプリ 1 0
トランスルーセント 1 0
FAIRY TAIL 1 0
GANTZ 1 0
Yokaiden 1 0
ショーが跳ねたら逢いましょう 0 1
高校デビュー 0 0


17件中、いや洋書である『Yokaiden』は除くとしても16件中、日本の方が所蔵が多いのは6タイトル。
アメリカの方が所蔵が多いのは9タイトルで、どっちも所蔵がないのは『高校デビュー』1タイトル、と。
マンガは例え所蔵していてもNACSIS-CATに登録していないケースもあるかも多い、とのご指摘もあるかも知れませんが、アメリカの調査は対象館が44館しかないのに対しNACSIS-CATは日本の大学・短大・高専等の図書館などあわせて1,200以上の機関が参加しているわけで、登録していない館が多かったとしても比較として成立している時点でずいぶんな差がついているんじゃないか、とかなんとか。
市場規模としてはアメリカの10倍以上のマンガ市場を有する日本ですが、大学図書館における資料としてのマンガの可能性については、アメリカよりも認識が低い??
あるいはアメリカはグラフィックノベルの価格が高い(Yokaidenは正規価格で10ドル以上します)ので、学生娯楽向けに大学図書館で購入して提供することに日本に比べて需要がある??
いずれにしてもなかなか興味深い結果ですね・・・。


ちなみに日本の大学図書館でマンガを所蔵していることが多かったのは、神戸芸工大(まんが表現学科がある)や九州大学伊都キャンパス(修論などでマンガ研究がけっこうある?)等でした。
このあたりの傾向を詳細に調べると日本でも研究になるかも?

*1:「comic」は小さい子ども向けのもの、という印象が根強くあるのに対して、いわゆるマンガ的な表現物一般に対するものとしてこの論文中では「graphic novel」を使っています

*2:ただし同論文によれば、2008年のグラフィック市場は395,000,000ドルに対し、2006年の日本のマンガ市場は4,300,000,000ドルなので、規模自体が日米では10倍くらい違うようですが

*3:Library Journal

*4:なお、ベストオブグラフィックノベル系のリストと、ベストオブマンガ系のリストで共通して登場したタイトルはなし。本当にバイアスがあるな・・・

*5:http://webcat.nii.ac.jp/