かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

「雑誌論文を機関リポジトリで公開しても、電子ジャーナル利用者数は減らない。むしろリポジトリ利用者数分だけ論文の読者は増える」:"ZS Project: Zoological Science Meets Institutional Repositories"


'10 8/7 夕方、丘の上から見下ろしたクレタ島ハニアの港


先のエントリ*1での予告通り、2010.8.6-8.8にかけて開催されたIFLAサテライトプレカンファレンス、"Open Access to Science Information" に参加し、自分が現在中心的に関わっているプロジェクト、ZSプロジェクトの成果について発表してきました。


会場は冒頭に写真も掲載しました、古代ギリシア以来の地中海の要衝にして、綺麗な海と爽やかな夏の気候に恵まれたクレタ島の港町、ハニア(Chania)にあるMAICh Conference Centerです。



もう一つハニアの海の写真。この灯台はカンファレンスのロゴ画像にも使われています



発表会場のMAIChカンファレンスセンター。南国リゾート風ですが高等教育機関です



発表中のmin2-fly. 英語発表なので原稿見るのは仕方ないとして、大きく口を開けて何を吠えているのでしょうね・・・(汗


この会議はIFLA(国際図書館連盟)の大会(今年はスウェーデンで開催)にあわせて各地で開催されるサテライトカンファレンスの一つ。
IFLA大会自体、今年はオープンアクセスがテーマになっているのですが、ハニアでのサテライトカンファレンスはその中でも科学情報が主題と言うことで、自分たちのプロジェクトにぴったりかと思い投稿しました。
会場はこじんまりとしたところですが、南米を除く4大陸・20カ国からの参加があり、アジアからは自分たち日本の他にインドネシア・中国の方も参加されていました。まさにInternational。
発表者の所属も多岐にわたり、図書館員だけでなく出版関係者や研究者、自分のようなドクターコース在籍者もいて、発表内容も実践報告からより一般的な提案を行うようなもの(図書館員が如何にあるべきか等)、あるいは自分のようにより研究発表的なものありました。


さて写真と会議の紹介はこれくらいにして(旅行記としてのギリシア出張記録は次の機会にまた何かアップします)。
自分の発表資料は現在、つくばリポジトリに登録申請中ですが、ブログに埋め込みたいということもあり一足先にMyOpenArchiveで先行公開しました。



スライドは(当たり前ですが)すべて英語、かつ解説なしなどわかりにくいかと思うので、以下、発表内容の日本語メモです*2
事前の予告通り、テーマは「機関リポジトリに論文を登録すると登録しなかった場合より引用される回数は増えるか」と「機関リポジトリで論文が公開されてしまうと出版者の電子ジャーナルの方はアクセスされなくなるのか」です。



ZS Project: Zoological Science Meets Institutional Repositories

  • オープンアクセス(学術論文をweb上で誰でも自由に利用できるようにすること)に関する2つの議論
    • 1.オープンアクセスにすると被引用数は増えるか?
    • 2.電子ジャーナルに掲載された論文をリポジトリ等でも公開すると、電子ジャーナル側の読者数は減るか?
      • arXiv等の主題リポジトリを対象にこれまで多くの調査が行われてきた
      • 一方、機関リポジトリ*3を対象とする調査はない
      • 主に専門分野の研究者が使い、プレプリントが多く掲載される主題リポジトリと、主としてポストプリントが掲載される機関リポジトリでは利用者層が違うはず。当然、オープンアクセス効果も異なるはず
  • そこで機関リポジトリによるオープンアクセス効果を測るべく・・・
    • 日本動物学会発行の雑誌"Zoological Science"(以下、ZS)掲載論文を、著者の同意を得て京大/北大/筑波大のリポジトリに大量登録*4
    • 機関リポジトリアクセスログ、電子ジャーナルのアクセス統計、被引用数をあわせて分析
    • 機関リポジトリへの登録が論文の被引用数、電子ジャーナル上でのアクセス数に与える影響を明らかにする
  • 分析結果1:機関リポジトリの利用統計
    • 利用者の70%はサーチエンジン(主にGoogle)でZS論文を発見、利用
    • 利用者の37%はne/netドメイン、16%はco/comドメインで合わせると50%を超える. 研究者・学生の自宅からの利用もあるだろうが、おそらく多くは専門外の一般人
    • 利用者の84%は海外ドメインからのアクセス
  • 分析結果2:電子ジャーナル上のアクセス数への影響*5
    • 1.J-Stage上でのアクセス数とリポジトリ登録の有無の関係。リポジトリに登録されている文献の方が、後の電子ジャーナル上でのアクセス数は多かった。統計的にも有意。
    • 2.BioOne上でのアクセス数はリポジトリに登録されている方が少なかったが、統計的に非有意。また、BioOneで多くのアクセスを得ており、リポジトリにはエンバーゴのため登録できない出版後1年以内の文献を除くと、両者の差はほとんどなくなる。
      • リポジトリに登録しても電子ジャーナル上でのアクセス数は減らない!
      • なぜ?:リポジトリで主に利用するのはサーチエンジンから発見した民間人でおそらく多くは研究者ではない。研究者は電子ジャーナルからリポジトリに乗り換えはしない(エンバーゴがあるなら)
  • 分析結果3:被引用数への影響
    • リポジトリに登録されている文献の方が登録後の被引用数は有意に多い。が、登録前の被引用数も有意に多い。ので、リポジトリ登録の影響ではなくいわゆるクオリティバイアス(リポジトリに登録されて引用が伸びたのではなく、元から被引用数の多い文献がリポジトリに登録されていた)がかかっている。
    • この結果ではリポジトリ登録で被引用数が増えるかは不明。
  • 結論
    • 被引用数が増えるかはわからなかったけど、電子ジャーナルのアクセス数は減らないことがわかった。リポジトリに登録したことで従来とは異なる新たなユーザー層にも論文が読まれていた
    • (今回は1年のエンバーゴつき、という条件があるが)リポジトリへの論文登録を認めることは学術雑誌にとって不利にならない、どころか既存読者は減らず(お金は落とさないとはいえ)新たに読者が増えるのだから有益でもある




ところどころかなーりはしょりましたが、大筋はこんな感じ。
メソッドのより細かい部分は今後、予稿集が公開されるはずなのでその際にでも。
発表後の質疑では、「研究者の説得材料にしたいからこの成果が出版されたら教えてほしい」という大変、有り難いご意見や、「一般の人の利用が多いと言っても、ハチドリみたいなもんでちょっと開いてみて中身が難しいと思ったらすぐブラウザバックしちゃうんじゃない?」と言った核心部分にまつわる質問も*6
研究者以外の方がどれだけ実際に活用しているのか・・・についての分析方法は現在いくつか構想中ですが、それを併せて示さないと「研究者以外の利用が多い!」の説得力は今ひとつと言うところですかねー。
しかしとりあえず「(エンバーゴ付きで)リポジトリで公開してもアクセス数に影響がない」というのは、一分野の一雑誌の結果ではあれどもけっこう関心を持っていただけたらしく、会の終了後も多くの反響がいただけて嬉しかったです。
・・・その反響に応えられるだけの英語力、というかまず反響がきちんと聞きとれるリスニング能力が切実に欲しい・・・


そんなこんなで、英語の聞き取りの難しさを痛感しつつも、第一のミッションはなんとか無事終えられたのでした。
他の方の発表や出張全体の感想等についてはまた後日、「かたつむりのクレタ島珍道中〜カタツムリ料理はクレタ島の郷土料理だけどmin2-flyは無事帰還できるのか?! しかも帰りに調査のためによるフランスもエスカルゴ食べるぞ?!」編にて。
写真の残弾はまだ2,000枚以上あるぜ!

*1:夏の地中海へ - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*2:なお、容量の関係もありアップしたスライドは当日のスライドから一部変更しています。具体的にいうとアニメーションなしで画面遷移の数だけスライド作ってあったところをまとめてあります

*3:研究機関が構成員の成果をweb上で発信する試み

*4:筑波大は登録時期の関係で今回の発表では扱わず。また、論文が電子ジャーナルで発行されてから1年間はリポジトリには収録しない、いわゆるエンバーゴ付き

*5:ZSは2009年当時2つのプラットフォームで公開されていたので、両方分析しています

*6:と、いっても質疑時に内容が理解できず聞き返したら「後でね」と言われ、その後で再度お聞きしてやっと理解できたのですが・・・(汗)