かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

かつてはてなダイアリーで更新していた「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」ブログの、はてなブログ以降版だよ

PLoS ONE初のインパクトファクターは4.351:「これは福音か、それとも呪いか?」


雑誌の評価指標として有名なインパクトファクターの2009年版を掲載したJournal Citation Reports(JCR)2009が発表されましたね。


このブログに来られている方には今さらでしょうが、念のため2009年のインパクトファクターの計算方法を確認しておくと、

雑誌Aに2007〜2008年に掲載された論文が、2009年に発行された全雑誌論文*1から引用された回数/雑誌Aに2007〜2008年に掲載された論文数*2 = 雑誌Aの2009年のインパクトファクター


です。
あくまで平均値、それも2年間というタイムスパンでの平均値であること、さらに言えば論文の被引用数は非常に偏りがあるのでインパクトファクターを雑誌の評価を超えて研究論文や研究者の評価に使うべきではないこと、等はこのブログでもトムソン・ロイター社自身の説明でも再三述べられているとおりです。


閑話休題


昨年のJCRの話題と言えば5年インパクトファクター、アイゲンファクター等の新指標が導入されたことだったわけですが*3、今年の注目はなんといってもオープンアクセス雑誌、PLoS ONEにはじめてインパクトファクターがつくことでした。

PLoS ONEは掲載料を著者が支払う代わりに読者はただで閲覧できる、いわゆる「著者支払い型」のオープンアクセス雑誌です。

かつ、「研究手法と結果の解釈が科学的に妥当なものであれば、論文の中身の質は問わず採録する」という方針のもとに、スピーディな出版が行われる雑誌でもあります。

質を問わない、と言っても手法や結果の妥当性は問われるので、要は研究の作法の部分がしっかりしていれば、結果が人目を引くようなものかどうかは問わない、というのがPLoS ONEの査読方針です(ちなみに対象は全研究分野)。

今回、Web of Scienceへの収録が決まったということで、今年中にはインパクトファクターも発表されるとのことですし、質についても一定の評価を得ることは出来たと言えそうです。


で、実際にPLoS ONEの2009年のインパクトファクターがどうだったかと言えば、このエントリタイトルの通り4.351という値が付きました!
数字だけ言ってもイメージ湧きませんが、JCRの中でPLoS ONEが分類されているBiology分野全73誌中、9位という高い値です*4
JCR Science Edition(自然科学系)に収録された7,347誌の中でも585位と上位10%以内に入っており、分野を超えた比較は無意味とはいえなかなか興味深い結果になっています。


Nature(IF34.48)、Science(IF31.052)、CELL(IF31.152)と言った超有名誌に比べるとPLoS ONEのIF4.351という値は目劣りして見えるかも知れませんが、先に挙げた通り手法と結果の解釈が妥当であれば基本査読は通るとされ、「10本投稿があれば7本は掲載される」という雑誌でこれだけのIFを出したことは海外のブログ等でも大きく取り上げられています。
その中でも話題になっているのが、"the scholarly kitchen"のPhilip Davisの以下のエントリです。

2009年のインパクトファクターが発表された数分後には、サンフランシスコでシャンペンのコルクを飛ばす音を聞いた人がいたかも知れない。あるいは、競合する出版社が酷く驚いてオフィスの壁に頭を叩きつける音を聞いたかも知れない。全投稿論文の70%近くを受理する雑誌がこのようなスコアを出した、それも最初の評価で出したというのは非常に不思議に思えるかもしれない。

(Within minutes after the impact factors for 2009 being released, one could almost hear the sounds of champagne corks popping in San Francisco. Or were they the sounds of competing publishers banging their heads against their office walls in utter amazement? For there seems something very strange about a journal that accepts nearly 70% of all submissions yet achieves such a score, especially with its first assessment).

PLoS ONEが編集過程で自誌引用を促すなどのインチキを行ったのではないか、と疑う人もいるだろうが、そのような証拠はない。PLoS ONEのインパクトファクターを集計する際に使われた被引用数のうち、自誌引用は8%にとどまり、それを除いて集計したとしてもIFはちょうど4.00になるだけだ。この値(IF 4.351)はPLoS ONEに掲載された論文の被引用数に基づくインパクトとして有効な、正しいものであることを認めなければいけない。

(For anyone considering that PLoS ONE engaged in editorial shenanigans to boost self-citations, there is no evidence of such. Self-cites represent just 8% of the citations used to calculate their impact factor, and removing these self-cites drops their score to just 4.00. We must accept that this is a valid and correct measure of the citation impact of PLoS ONE articles).

(訳はmin2-flyの適当訳なのであしからず)


壁に頭打ちつけてそうな出版社として真っ先に思い浮かぶのはNature Publishing Groupとかでしょうか*5
「Self-citesが多いのでは?」というのもやはり最初に疑いたくなるところですが、Phil Davisの書いている通りごく常識的な値でした*6


そしてPhilip DavisはPLoS ONEがこのような高いインパクトファクターを、特殊な査読方針にも関わらず叩き出した理由として、そもそも著者支払い型のオープンアクセス雑誌であるPLoS ONEに投稿できるのは掲載料を支払えるだけの資金を持っている研究者であり、その時点である程度の質の選別につながっているのでは、ということを指摘しています。
面白い指摘と思いますが、実際のところどうなのかというのはPLoS ONEの被引用数の分布がどうなっているのか等も調べてみたいところですね・・・でも論文数多すぎて調べるの一苦労なんだよなあ・・・(汗)


で。
コメント欄で大きく話題になっているのは、その後のDavisの指摘で、元エントリのタイトルにもある"a Blessing or a Curse"、この高いインパクトファクターはPLoS ONEにとって福音なのか、それとも呪いなのかという刺激的な意見です。


先日、『情報の科学と技術』に掲載された自分の論文でも書きましたが、PLoS ONEというのはPLoSの中でも特殊な位置づけにあり、ぶっちゃけて言うとPLoSシリーズ全体の赤字を解消するための雑誌です。
ちょっと長いけどそのあたりの話を自分の論文から引用すると、

 雑誌の質を上げる確実な方法は,厳選した良い論文のみ掲載すること,つまり査読の却下率を上げることである。しかし,「著者支払い・読者無料型」の雑誌で却下率を上げることには問題もある。多くのOA 雑誌は採録された論文のみ掲載料を請求するが,実際には却下された論文でも査読者を探し,著者とやり取りするコストは必要である。それらの作業量は時に却下された論文の方が多い。購読型の雑誌では却下論文のコストは価格に反映されるが,著者支払い型のOA 雑誌では却下論文のコストも採録された著者の掲載料に上乗せられる。Warlick らは掲載料が必要でも質が高い雑誌なら著者は投稿するとしているが*7,これは掲載料が支払い可能な範囲だからである。却下率が高い雑誌,例えばNature を著者支払い型にすると掲載料は1 本145〜435 万円になるとの試算もある*8。このような金額でも投稿する著者は稀であろう。そのため掲載料の値上げには限界が生じ,著者支払い型の雑誌は却下率を上げすぎると赤字に陥る。例えばPLoS が発行する7 誌中3 誌が黒字化しているが,IF が高く多くの投稿を集めるPLoS BiologyとPLoS Medicine は赤字である*9

 この問題を回避する方法の1 つは,異なるレベルの質の雑誌を複数持ち,高レベルの雑誌に却下された論文の受け皿を作ることである。例えばBMC には“peer review cascade”という仕組みがある*10。これは却下率の高い雑誌で論文を却下する際,より却下率の低い雑誌であれば採録する旨を合わせて著者に伝えるものである(もちろん,より低い雑誌でも採録基準を満たさなければ却下される)。これにより却下率の高い雑誌を維持しながら,出版者全体では効率的にコンテンツを収集できる。PLoS が2006 年に創刊したPLoS ONE も,PLoS の他の雑誌が却下した論文の受け皿になっている。同誌は査読を簡略化し,手法と結果の解釈が科学的に妥当であれば論文を掲載する。そのため投稿から掲載までの期間が短いことが特徴である。2008年のPLoS の調査では,PLoS ONE 自身を除く6 誌全てで,論文を却下された著者が次の投稿先として最も多く名を挙げたのはPLoS ONE であった*11。まずPLoS の中で権威の高い雑誌に投稿し,却下されたらPLoS ONE という流れが確立していると言える。長年,掲載料等だけでは支出を賄えず,持続可能性が疑問視されたPLoS であるが,PLoSONE の成功も受け2010 年には黒字化する見込みである。


というわけで、PLoS ONEは論文の選別を極力せず、査読や編集の手間をかけないでじゃかじゃか論文を掲載し、掲載料を回収することが大きな役割なわけです。
そこで収入を稼いでおくことで、PLoS BiologyやPLoS Medicineなどのhighly-selectiveで単体では赤字になるOA雑誌のコストを賄える、と言った次第。


そこでDavisが懸念(?)していることは、PLoS ONEが今回新たに高いインパクトファクターを得たことで、インパクトファクター目当てにPLoS ONEに投稿する、という人が増えるのではないか、その際にPLoSシリーズに設定された「掲載料の支払いが困難な場合は免除/減額する」という制度を利用する人が増えたり、却下しなければいけないような質の投稿が増えて*12コスト回収というPLoS ONEの役割が果たせなくなるのではないか、ということです。

まとめると、PLoS ONEの最初の、そして驚くべき4.35というインパクトファクターはお祝いや冷笑には値しないかも知れない。というのも、このIFによってPLoSはPLoS ONEを他の伝統的な雑誌と同じように扱わなければいけなくなる可能性がある。
PLoS TWOの創刊を検討する必要があるかも知れない

In sum, PLoS ONE‘s first and astounding 4.35 impact factor should neither be reason to celebrate nor ridicule, for it puts the publisher in a position that may require them to start treating PLoS ONE like other conventional journals.
This may be time to consider launching PLoS TWO.

(同じく適当訳なのであしからず)


ってなわけで、PLoS ONEにとって必ずしも高いインパクトファクターは良い兆候ではないかも知れないよ、というのがPhilip Davisの指摘。
で、コメント欄では例え投稿が増えてもそれに比例してコストが増えるわけではない、という指摘があったり、PLoS ONEはそもそもIFのような評価によるのではない、他の評価指標を積極的に取り入れるような方針を取っているのにここでIFを上げるための戦略を取ったりしたら恥じるべきことだ、という意見があったり、2010 7/1時点で(他者のコメントへの返信を除いて)18コメントがつく盛り上がりを見せています。


Davis自身が本エントリで指摘する通り、多くの雑誌がIFが上がることを祈って毎年6月に一喜一憂している中で、高い値を取ったことをかえって憂慮しないといけない雑誌があるとするとなかなか面白い事態ではありますが・・・
うーん、このあたりはどうなのでしょう?
なんだかんだでIFは投稿の動機にはなるので確かに従来と違う層からの投稿も今後増えるのでは、と思いますが、それがどういう結果を招くのかと言えば未知数のところもある気が。
コメント欄でも指摘があるように、これを機にNature、Science、Cellあたりで落ちた論文の投稿先としてPLoS ONEが出てくるようになれば質の高い論文が増える可能性もありますし、実際に今もIFが高い一因はPLoS BiologyやPLoS Medicineで落ちた論文がこちらに流れているのもあるのでは、とか。
掲載論文が増えれば増えるほど、基本的には収入はより多くなるモデルが設計されているはずなので、ある程度までは却下率が上がったとしても儲かりそうな気もしますし、今はまだPLoS TWO発刊の時と言う気はしませんね・・・。
もっとも、現在までのところは(Web of Scienceによると)掲載論文の著者の4割以上はアメリカ、1割がイギリスの機関に所属している等、圧倒的に英語圏/西欧からの投稿が多いのがPLoS ONEでもあり、これが今後中国・インド等のアジア諸国・非英語圏から投稿が増え出すと、英文校閲・・・はしていないかもしれませんがよく言われる「そもそも英語で落とす」ところのコスト負担が増大する可能性はあるかも知れません。
そのあたりも含めて、オープンアクセス雑誌の中でも特異な位置づけにあるPLoS ONEは今後の動向からも目が離せそうです。


・・・ところで、PLoS ONEって割となんでも載る雑誌だけど、JCRでBiologyに分類されたってことは今のところはそっち方面の投稿が多いのですね。
個人的にはIFの値そのものよりもそっちの方が、PLoS ONEにこれまで投稿されていたBiology以外の分野の研究者がどう考えられるか、という面では興味があったりもするのですが・・・

*1:ただしトムソン・ロイター社のデータベースに収録された雑誌論文。収録には一定の基準が設けられて毎年審査される

*2:原著論文、レビュー論文。エディトリアル等は除く。ただし被引用数にはエディトリアル等に対するものも含まれていることに留意

*3:あなたのお気に入りの雑誌の順位は上がる? 下がる?:JCRに新導入された指標を見比べてみた:図書館情報学編 - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

*4:ちなみに5年Impact Factorだと8位、Article Influence Scoreでも9位という結果。総被引用数、Eigenfactorでは2位ですが、これは4,263本という頭抜けた論文数が影響しているせいです。

*5:Natureには以前、「PLoS ONEはゴミ捨て場になる」という論考が掲載されたことがあったり。参照:Butler, Declan. PLoS stays afloat with bulk publishing. Nature. 2008, vol.454, no.11, p.11.

*6:もっとも、雑誌の方針としてやってないことはわかっても、著者が積極的に他誌にのせた自分の論文から引用しているんじゃないか、とかいうことはわかりません。そんなこと言いだしたらどの雑誌でもそういう可能性があるとも言えます

*7:Warlick, Stefanie E; Vaughan, KTL. Factors influencing publication choice: why faculty choose open access. Biomedical Digital Libraries. 2007, vol.4, no.1. http://dx.doi.org/10.1186/1742-5581-4-1 [accessed 2010-01-15].

*8:Bosch, Xavier. An open challenge: Open access and the challenges for scientific publishing. EMBO reports. 2008, vol.9, no.5, p.404-408.

*9:Suber, Peter. Open Access in 2009. SPARC Open Access Newsletter. 2010-01-02. http://www.earlham.edu/~peters/fos/newsletter/01-02-10.htm [accessed 2010-01-15].

*10:Hubbard, Charlotte. “Open access publishing at BioMed Central”. Open Access Week(第5 回SPARC Japan セミナー2009)「オープンアクセスのビジネスモデルと研究者の実際」.東京,2009-10-20,SPARC Japan.http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2009/20091020.html#charlotte [accessed 2010-01-15].

*11:Patterson, Mark. “Author Research 2009: Summary of results and conclusions”. http://www.slideshare.net/MarkPatterson/plos-author-research-2009 [accessed 2010-01-15].

*12:却下した場合にはコストだけかかって掲載料を得られないために